荀子 / 議兵篇
臨武君與孫卿子議兵於趙孝成王前,王曰:請問兵要?臨武君對曰:上得天時,下得地利,觀敵之變動,後之發,先之至,此用兵之要術也。
新字:臨武君与孫卿子議兵於趙孝成王前,王曰:請問兵要?臨武君対曰:上得天時,下得地利,観敵之変動,後之発,先之至,此用兵之要術也。
書き下し
臨武君、孫卿子と兵を趙の孝成王の前に議す。王曰く、請う、兵の要を問わん、と。臨武君対えて曰く、上は天の時を得、下は地の利を得、敵の変動を観て、之に後れて発し、之に先んじて至る、此れ用兵の要術なり、と。
現代語訳
臨武君と孫卿子(荀子)とが、趙の孝成王の御前で軍事について議論した。王は言った、「どうか、用兵の要点についてお尋ねしたい」と。臨武君は答えて言った、「上は天の時をつかみ、下は地の利を得て、敵の動きの変化をよく観察し、敵より遅れて動き出しながら敵より先に到着する。これが用兵の要点となる術です」と。
解説
議兵篇の幕開けです。趙の孝成王の御前で、武将の臨武君と荀子が軍事を論じ合います。王が問うたのは用兵の要点、勝ち方のコツでした。臨武君の答えは当時の兵法として何一つ間違っていません。上は天の時をつかみ、下は地の利を得て、敵の動きをよく観察し、敵より遅れて動き出しながら敵より先に到着する。実戦で磨かれた確かな技術論です。しかし裏を返せば、ここには自軍の兵がなぜ命がけで戦ってくれるのかという問いがまったく含まれていません。条件を読み機を捉える技であって、人を動かす力の話ではないのです。荀子はこの後、その欠落を突いていきます。仕事に置き換えれば、市場のタイミングを読み、有利な位置を取り、競合に機敏に対応することは大切ですが、一緒に働く人が本気になっていなければ、どんな好条件も活きません。技術は前提条件であって土台ではない。優れた戦術論が先に置かれることで、この後の反論が際立ちます。
この章句が説くこと
兵の要天の時と地の利技術と土台問いの立て方
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『新序』雜事第三孫卿臨武君と兵を趙の孝成王の前に議す。王曰く、請う兵の要を問わん、と。臨武君對えて曰く、上は天の時を得、下は地の利を得、後れて之れ發し、先んじて之れ至る。此れ用兵の要術なり、と。孫卿曰く、然らず。臣の聞く所、古の道は、凡そ戰いて兵を用うるの術は、民を一にするに在り。弓矢調わずんば、羿も以て中つる能わず。六馬和せずんば、造父も以て遠きを御する能わず。士民親附せずんば、湯武も以て勝つ能わず。故に善く兵を用うるは、務め善く民を附かしむるに在るのみ、と。
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荀子・議兵篇孝成王・臨武君曰く、善し。請う、将たるを問わん、と。孫卿子曰く、知は疑いを棄つるより大なるは莫く、行は過ち無きより大なるは莫く、事は悔い無きより大なるは莫し。事至りて悔い無くして止まん。成は必とすべからざるなり。故に号を制し政令するは厳にして威を以てせんと欲し、慶賞刑罰は必ずして信を以てせんと欲し、処舎収蔵は周くして固きを以てせんと欲し、徙挙進退は安くして重きを以てせんと欲し、疾くして速やかならんと欲す。敵を窺い変を観るは潜みて深からんと欲し、伍にして参ならんと欲す。敵に遇いて決戦するは必ず吾が明らかなる所に道り、吾が疑う所に道る無かれ。夫れ是れを之れ六術と謂う。将たるを欲して廃せらるるを悪むこと無かれ。勝ちを急ぎて敗を忘るること無かれ。内に威ありて外を軽んずること無かれ。利を見て其の害を顧みざること無かれ。凡そ事を慮るは孰くせんと欲して財を用うるは泰かならんと欲す。夫れ是れを之れ五権と謂う。命を主より受けざる所以の者に三有り。殺さるべきも完からざるに処らしむべからず。殺さるべきも勝たざるを撃たしむべからず。殺さるべきも百姓を欺かしむべからず。夫れ是れを之れ三至と謂う。凡そ命を主より受けて三軍を行り、三軍既に定まり、百官序を得、群物皆な正しければ、則ち主も喜ぶこと能わず、敵も怒らしむること能わず。夫れ是れを之れ至臣と謂う。慮は必ず事に先んじて、之を申ぶるに敬を以てし、終わりを慎むこと始めの如く、終始一の如し。夫れ是れを之れ大吉と謂う。凡そ百事の成るや、必ず之を敬するに在り。其の敗るるや、必ず之を慢るに在り。故に敬、怠に勝てば則ち吉、怠、敬に勝てば則ち滅ぶ。計、欲に勝てば則ち従い、欲、計に勝てば則ち凶なり。戦うこと守るが如く、行くこと戦うが如く、功有るも幸の如くす。謀を敬して壙る無く、事を敬して壙る無く、吏を敬して壙る無く、衆を敬して壙る無く、敵を敬して壙る無し。夫れ是れを之れ五無壙と謂う。謹みて此の六術・五権・三至を行い、而して之に処るに恭敬にして壙る無きを以てす。夫れ是れを之れ天下の将と謂う。則ち神明に通ずるなり。
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荀子・議兵篇孫卿子曰く、然らず。臣の聞く所の古の道は、凡そ用兵攻戦の本は、民を壹にするに在り。弓矢調わざれば、則ち羿も以て微に中つること能わず。六馬和せざれば、則ち造父も以て遠きを致すこと能わず。士民親附せざれば、則ち湯武も以て必ず勝つこと能わざるなり。故に善く民を附くる者は、是れ乃ち善く兵を用うる者なり。故に兵の要は民を善く附くるに在るのみ。
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『新序』雜事第三臨武君曰く、然らず。夫れ兵の貴ぶ所の者は勢利なり。上ぶ所の者は變詐攻奪なり。善く之を用うる者は、奄忽焉として從りて出づる所を知る莫し。孫吳之を用いて、天下に敵無し。此に由りて之を觀れば、豈に必ずしも民を附かしむるを待たんや、と。孫卿曰く、然らず。臣の言う所の者は、王者の兵、人に君たるの事なり。君の言う所の者は勢利なり。上ぶ所の者は變詐攻奪なり。仁人の兵は詐る可からざるなり。彼の詐る可き者は、怠慢なる者なり、落單なる者なり。君臣上下の間、渙然として離德有る者なり。若し桀を以て桀を詐らば、猶お幸い有らん。若し桀を以て堯を詐らば、之を譬うれば卵を以て石に投じ、指を以て沸に繞らし、羽を以て烈火を蹈むが若し。入れば則ち焦没するのみ。夫れ又た何ぞ詐る可けんや。故に仁人の兵は、鋌なれば則ち莫邪の利刃の若く、之に嬰るる者は斷たれ、鋭なれば則ち莫邪の利鋒の若く、之に當たる者は潰ゆ。圓居して方止すること、盤石の若く然り。之に觸るる者は隴種として退くのみ。夫れ又た何ぞ詐る可けんや、と。
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