荀子 / 致士篇
賞不欲僭,刑不欲濫。賞僭則利及小人,刑濫則害及君子。若不幸而過,寧僭勿濫。與其害善,不若利淫。
新字:賞不欲僭,刑不欲濫。賞僭則利及小人,刑濫則害及君子。若不幸而過,寧僭勿濫。与其害善,不若利淫。
書き下し
賞は僭ならんことを欲せず、刑は濫ならんことを欲せず。賞僭なれば則ち利は小人に及び、刑濫なれば則ち害は君子に及ぶ。若し不幸にして過つならば、寧ろ僭なるとも濫なる勿かれ。其の善を害せんよりは、淫を利するに若かず。
現代語訳
賞は行きすぎであってはならず、刑罰はみだりであってはならない。賞が行きすぎれば、その利益はつまらぬ者にまで及んでしまう。刑罰がみだりであれば、その害は立派な人にまで及んでしまう。もし不幸にしてどうしても誤るというのであれば、賞が行きすぎるほうがましで、刑罰がみだりになるほうを選んではならない。善き人を傷つけるくらいなら、よこしまな者に利益を与えてしまうほうがまだよい。
解説
賞罰の誤り方について論じた、短くも鋭い一段です。賞は行きすぎてはならず、罰はみだりであってはならない。しかし人間の判断である以上、誤りは避けられません。ではどちらの側に誤るべきか。荀子はためらいなく答えます。誤るなら賞のほうへ誤れ、と。賞が行きすぎれば、つまらぬ者にまで利益が渡ってしまう。罰がみだりになれば、真面目な人までが傷つけられる。この二つを比べたとき、失うものが大きいのは後者だ、というのです。善き人を一人傷つける損失は、よこしまな者を一人得させる損失よりもはるかに重い。組織の信頼は、罰の誤りによって一気に崩れるからです。評価やコンプライアンスの運用で迷ったとき、この基準は使えます。疑わしきをすべて罰する運用は、一見厳正に見えて、実は最も真面目に働く人を萎縮させます。誤差の向きをどちらに置くか、あらかじめ決めておくことが大切です。