荀子 / 致士篇
君者、國之隆也,父者、家之隆也。隆一而治,二而亂。自古及今,未有二隆爭重,而能長久者。
新字:君者、国之隆也,父者、家之隆也。隆一而治,二而乱。自古及今,未有二隆争重,而能長久者。
書き下し
君なる者は国の隆なり、父なる者は家の隆なり。隆は一なれば治まり、二なれば乱る。古より今に及ぶまで、未だ二隆重きを争いて、能く長久なる者は有らざるなり。
現代語訳
君主とは国において最も尊いものであり、父とは家において最も尊いものである。最も尊いものが一つであれば治まり、二つあれば乱れる。昔から今にいたるまで、二つの尊いものが重みを争いあって、長く続いたためしはない。
解説
きわめて短く、しかし要点のはっきりした一段です。国において最も尊い立場は君主であり、家においては父である。その最も尊い位置は一つでなければならない、二つあれば必ず乱れる、と荀子は断言します。ここでいう「隆」とは、単なる権力の大小ではなく、最終的にものごとを決める重心のことです。重心が二つに割れると、人々はどちらに従えばよいか分からなくなり、二つの中心は互いに重みを争いはじめる。歴史上、そうして長続きした例はない、というのが荀子の見立てです。これは現代の組織にもそのまま当てはまります。指揮系統が二重になっている職場、決裁のかなめが二人いるプロジェクトでは、現場が板挟みになり、動きが止まります。責任と決定の重心を一つに定めておくこと。権威の集中を好むというより、混乱を避けるための実務的な知恵として読むべき一段です。
この章句が説くこと
隆は一つ指揮系統の一元化二重権力の危うさ責任の所在秩序役割分担
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