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荀子 / 致士篇

臨事接民,而以義變應,寬裕而多容,恭敬以先之,政之始也。然後中和察斷以輔之,政之隆也。然後進退誅賞之,政之終也。故一年與之始,三年與之終。用其終為始,則政令不行,而上下怨疾,亂所以自作也。《書》曰:「義刑義殺;勿庸以即,女惟曰:未有順事。」言先教也。

新字:臨事接民,而以義変応,寛裕而多容,恭敬以先之,政之始也。然後中和察断以輔之,政之隆也。然後進退誅賞之,政之終也。故一年与之始,三年与之終。用其終為始,則政令不行,而上下怨疾,乱所以自作也。《書》曰:「義刑義殺;勿庸以即,女惟曰:未有順事。」言先教也。

書き下し

事に臨み民に接して、義を以て変応し、寛裕にして多く容れ、恭敬にして以て之に先んずるは、政の始めなり。然る後に中和察断して以て之を輔くるは、政の隆なり。然る後に之を進退誅賞するは、政の終わりなり。故に一年は之と始めを与にし、三年は之と終わりを与にす。其の終わりを用いて始めと為さば、則ち政令行われずして、上下怨疾し、乱の自ら作る所以なり。書に曰く、義もて刑し義もて殺す。庸いて即くこと勿かれ。女れ惟だ曰え、未だ順わざる事有り、と。教えを先にするを言うなり。

現代語訳

事に当たり民に接するにあたって、義にもとづいて臨機に応じ、ゆったりと寛大に受け入れ、うやうやしく敬う態度で人々の先に立つ。これが政治の始まりである。そのうえで、偏らぬ中正の心で見きわめ判断してこれを助けていく。これが政治の盛りである。そしてそののちに、人を進めたり退けたり、罰したり賞したりする。これが政治の仕上げである。だから最初の一年は民とともに始まりを共にし、三年たってともに終わりを迎えるのである。もしその終わりの段階を最初に持ってきてしまえば、政令は行われず、上と下とが互いに怨みあい、乱れはそこから自然に生まれてくる。書経に「義にかなって刑し、義にかなって殺す。だがそれをすぐに用いてはならない。おまえはただこう言え、まだ人々を導ききれていない事があるのだ、と」とあるのは、教えを先にすべきことをいうのである。

解説

政治には順序がある、と説く一段です。荀子は三段階を示します。始まりは、義にもとづいて柔軟に応じ、寛大に人を受け入れ、まず自分が敬意をもって先頭に立つこと。次に、偏らぬ中正の判断でそれを支えること。そして最後に、はじめて人事や賞罰を動かすこと。この順序を逆にして、いきなり賞罰から入ると、命令は通らず、上と下は怨みあい、そこから乱れが生まれる、と言います。引用される書経の言葉も、罰する前にまず教えよ、まだ導ききれていない自分の側を疑え、という趣旨です。新しく職場やチームを預かったとき、私たちはつい早く成果を出そうとして、評価や叱責から入りがちです。しかし荀子の見立てでは、それは最後の手順です。まず敬意をもって接し、受け入れ、共に時間を過ごす。信頼という土台ができてはじめて、賞罰は機能します。急がば回れ、という順序の知恵です。

この一句を、あなたの毎日に。

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