荀子 / 致士篇
人主之患,不在乎不言用賢,而在乎不誠必用賢。夫言用賢者,口也;卻賢者,行也,口行相反,而欲賢者之至,不肖者之退也,不亦難乎!夫耀蟬者,務在明其火,振其樹而已;火不明,雖振其樹,無益也。今人主有能明其德者,則天下歸之,若蟬之歸明火也。
新字:人主之患,不在乎不言用賢,而在乎不誠必用賢。夫言用賢者,口也;却賢者,行也,口行相反,而欲賢者之至,不肖者之退也,不亦難乎!夫耀蟬者,務在明其火,振其樹而已;火不明,雖振其樹,無益也。今人主有能明其徳者,則天下帰之,若蟬之帰明火也。
書き下し
人主の患いは、賢を用うるを言わざるに在らずして、誠に必ず賢を用うるに在らず。夫れ賢を用うると言う者は口なり、賢を却くる者は行いなり。口と行いと相反して、賢者の至り、不肖者の退くを欲するは、亦た難からずや。夫れ蟬を耀す者は、務め其の火を明らかにし、其の樹を振るうに在るのみ。火明らかならざれば、樹を振るうと雖も、益無きなり。今、人主に能く其の徳を明らかにする者有らば、則ち天下之に帰すること、蟬の明火に帰するが若し。
現代語訳
君主の悩みは、賢者を用いると口で言わないことにあるのではなく、まことに必ず賢者を用いる、というところまで行かない点にある。賢者を用いると言うのは口である。しかし実際に賢者をしりぞけているのは行いである。口と行いとが食い違ったまま、賢者がやって来て、つまらぬ者が退いてくれることを望むのは、無理というものではないか。そもそも火をたいて蟬を捕る者は、その火を明るく燃やし、木を揺さぶることに努めるだけである。火が明るくなければ、いくら木を揺さぶっても甲斐はない。いま、君主のなかに自分の徳をはっきりと明るく輝かせる者がいれば、天下の人々がその人のもとに集まるのは、蟬が明るい火に寄ってくるのと同じである。
解説
人材登用の本質を突いた一段です。荀子は言います。トップの問題は「人材を大事にする」と言わないことではない、口では言いながら、実際の行いが人材をしりぞけていることだ、と。口と行いが食い違ったまま、優れた人が来てくれることを期待するのは無理がある、という指摘は耳が痛いところです。ここで持ち出されるのが、蟬取りのたとえです。夜、火をたいて木を揺さぶり、光に寄ってきた蟬を捕らえる。肝心なのは火を明るくすることで、火が暗いままいくら木を揺すっても蟬は来ません。人を集める方法をあれこれ工夫する前に、まず自分の徳という火を明るくせよ、というわけです。採用に苦しむ組織、人が育たない職場ほど、施策を増やしがちです。しかし人が集まるかどうかを最終的に決めるのは、そこにいる人自身の光です。まず自分の火を明るくすること。順序を間違えないようにしたいものです。
この章句が説くこと
賢者を用いる言行一致火を明らかにする人を惹きつける徳
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