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荀子 / 王覇篇

治國者分已定,則主相臣下百吏,各謹其所聞,不務聽其所不聞;各謹其所見,不務視其所不見。所聞所見誠以齊矣。則雖幽閒隱辟,百姓莫敢不敬分安制,以化其上,是治國之徵也。

新字:治国者分已定,則主相臣下百吏,各謹其所聞,不務聴其所不聞;各謹其所見,不務視其所不見。所聞所見誠以斉矣。則雖幽閒隠辟,百姓莫敢不敬分安制,以化其上,是治国之徴也。

書き下し

国を治むる者は分已に定まれば、則ち主・相・臣下・百吏、各おの其の聞く所を謹みて、其の聞かざる所を聴くを務めず。各おの其の見る所を謹みて、其の見ざる所を視るを務めず。聞く所見る所誠に以て斉えば、則ち幽閒隠辟と雖も、百姓敢えて分を敬し制に安んじて、以て其の上に化せざるは莫し、是れ治国の徴なり。

現代語訳

国を治める者において役割分担がすでに定まれば、君主も宰相も臣下も役人も、それぞれ自分の耳に入る範囲を慎重に扱い、自分の担当外のことまで聞き込もうとはしない。それぞれ自分の目に入る範囲を慎重に扱い、自分の担当外のことまで見ようとはしない。聞くべきこと見るべきことが本当にきちんと揃えば、人目につかない片隅においてさえ、民は本分を尊び制度に安んじ、上の教化に従わない者はいない。これが国の治まっているしるしである。

解説

役割分担が定まった国では何が起きるかを描いた短い段です。君主も宰相も臣下も役人も、自分の持ち場の見聞きすることに集中し、担当外まで首を突っ込もうとしない。これができていると、人の目が届かない片隅に至るまで、民はおのずと本分を守り制度に安んじる。それが「治まっている」ことのしるしだ、と荀子は言います。ここで注意したいのは、無関心を勧めているのではないという点です。分がはっきり定まり、各自がそこを丁寧にやりきるからこそ全体が過不足なく覆われる、という設計思想です。裏返せば、分が曖昧なままだと、皆が他人の領分を気にして自分の持ち場が手薄になる。会議でも、担当外の話に口を出す人ばかりで肝心の担当者が黙っている光景に覚えがあるでしょう。役割を明確にし、その中を丁寧にやる。地味ですが、組織が静かに回りだす条件です。

この一句を、あなたの毎日に。

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