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荀子 / 富国篇

垂事養民,拊循之,唲嘔之,冬日則為之饘粥,夏日則為之瓜麮,以偷取少頃之譽焉,是偷道也。可以少頃得姦民之譽,然而非長久之道也;事必不就,功必不立,是姦治者也。傮然要時務民,進事長功,輕非譽而恬失民,事進矣,而百姓疾之,是又偷偏者也。徙壞墮落,必反無功。故垂事養譽,不可;以遂功而忘民,亦不可。皆姦道也。

新字:垂事養民,拊循之,唲嘔之,冬日則為之饘粥,夏日則為之瓜麮,以偷取少頃之誉焉,是偷道也。可以少頃得姦民之誉,然而非長久之道也;事必不就,功必不立,是姦治者也。傮然要時務民,進事長功,輕非誉而恬失民,事進矣,而百姓疾之,是又偷偏者也。徙壊堕落,必反無功。故垂事養誉,不可;以遂功而忘民,亦不可。皆姦道也。

書き下し

事を垂れて民を養い、之を拊循し、之を唲嘔し、冬日には則ち之が為に饘粥し、夏日には則ち之が為に瓜麮し、以て少頃の譽を偷み取るは、是れ偷道なり。以て少頃、姦民の譽を得べし。然れども長久の道に非ざるなり。事は必ず就らず、功は必ず立たず、是れ姦治なる者なり。傮然として時を要め民を務め、事を進め功を長じ、非譽を輕んじて民を失うを恬んずれば、事は進むも、百姓之を疾む、是れ又た偷偏なる者なり。徙壞墮落して、必ず反って功無し。故に事を垂れて譽を養うは可ならず。功を遂げて民を忘るるも亦た可ならず。皆な姦道なり。

現代語訳

仕事をおろそかにして民を甘やかし、なでさすり、赤子をあやすように機嫌をとり、冬には粥をふるまい、夏には瓜や麦こがしをふるまって、目先の評判をかすめ取る。これは怠けた小手先のやり方である。しばらくのあいだは、心得ちがいの民から誉められることもあろう。しかし長続きする道ではない。仕事は仕上がらず、成果は立たない。これは政治を損なうやり方である。逆に、あわただしく時季を追い立てて民をこき使い、仕事を進めて成果を伸ばそうとし、非難も称賛も軽んじて民の心が離れるのを平気でいる。仕事は進むが、民衆はその者を憎む。これもまた偏った小手先のやり方である。やがて崩れ落ちて、結局は成果を失う。だから、仕事をおろそかにして評判を養うのはよくない。成果を追って民を忘れるのも、またよくない。どちらも正道を外れたやり方である。

解説

ここで荀子は、統治の二つの失敗パターンを並べます。一つは、仕事の中身を疎かにして人にいい顔をするやり方。冬に粥を配り夏に涼をふるまい、目先の人気を稼ぐ。一時は感謝されますが、肝心の事業は進まず成果は立ちません。もう一つは逆で、成果だけを追って人を追い立てるやり方。数字は一時的に伸びますが、人の心は離れ、やがて土台から崩れて結局は成果も失う。荀子はどちらも姦道だと切り捨てます。人気取りと成果至上主義、どちらか一方に振れるのは楽なのです。難しいのは両立で、次段で語られるように、人を大切にしながら成果も立てる道こそが本筋だと荀子は考えます。マネジメントの現場で今なお繰り返される二つの罠を、二千年以上前に的確に言い当てています。優しさと厳しさは対立ではなく、どちらも欠けたら組織は続かないのだと読めます。

この一句を、あなたの毎日に。

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