荀子 / 王制篇
權謀傾覆之人退,則賢良知聖之士案自進矣。刑政平,百姓和,國俗節,則兵勁城固,敵國案自詘矣。務本事,積財物,而勿忘棲遲薛越也,是使群臣百姓皆以制度行,則財物積,國家案自富矣。三者體此而天下服,暴國之君案自不能用其兵矣。何則?彼無與至也。彼其所與至者,必其民也。其民之親我也,歡若父母,好我芳如芝蘭,反顧其上則若灼黥,若仇讎;彼人之情性也雖桀跖,豈有肯為其所惡,賊其所好者哉!彼以奪矣。故古之人,有以一國取天下者,非往行之也,脩政其所,莫不願,如是而可以誅暴禁悍矣。故周公南征而北國怨,曰:「何獨不來也!」東征而西國怨,曰:「何獨後我也!」孰能有與是鬥者與?安以其國為是者王。殷之日,安以靜兵息民,慈愛百姓,辟田野,實倉廩,便備用,安謹募選閱材伎之士,然後漸賞慶以先之,嚴刑罰以防之,擇士之知事者,使相率貫也,是以厭然畜積修飾,而物用之足也。兵革器械者,彼將日日暴露毀折之中原;我將脩飾之,拊循之,掩蓋之於府庫。貨財粟米者,彼將日日棲遲薛越之中野,我今將畜積并聚之於倉廩。材技股肱健勇爪牙之士,彼將日日挫頓竭之於仇敵,我今將來致之,并閱之,砥礪之於朝廷。如是,則彼日積敝,我日積完;彼日積貧,我日積富;彼日積勞,我日積佚。君臣上下之間者,彼將厲厲焉日日相離疾也,我將頓頓焉日日相親愛也,以是待其敝。安以其國為是者霸。立身則從傭俗,事行則遵傭故,進退貴賤則舉傭士,之所以接下之人百姓者則庸寬惠,如是者則安存。立身則輕楛,事行則蠲疑,進退貴賤則舉佞侻,之所以接下之人百姓者則好取侵奪,如是者危殆。立身則憍暴,事行則傾覆,進退貴賤則舉幽險詐故,之所以接下之人百姓者,則好用其死力矣,而慢其功勞,好用其籍斂矣,而忘其本務,如是者滅亡。此五等者,不可不善擇也,王、霸、安存、危殆、滅亡之具也。善擇者制人,不善擇者人制之。善擇之者王,不善擇之者亡。夫王者之與亡者,制人之與人制之也,是其為相縣也亦遠矣。
新字:権謀傾覆之人退,則賢良知聖之士案自進矣。刑政平,百姓和,国俗節,則兵勁城固,敵国案自詘矣。務本事,積財物,而勿忘棲遅薛越也,是使群臣百姓皆以制度行,則財物積,国家案自富矣。三者体此而天下服,暴国之君案自不能用其兵矣。何則?彼無与至也。彼其所与至者,必其民也。其民之親我也,歓若父母,好我芳如芝蘭,反顧其上則若灼黥,若仇讎;彼人之情性也雖桀跖,豈有肯為其所悪,賊其所好者哉!彼以奪矣。故古之人,有以一国取天下者,非往行之也,脩政其所,莫不願,如是而可以誅暴禁悍矣。故周公南征而北国怨,曰:「何独不来也!」東征而西国怨,曰:「何独後我也!」孰能有与是鬥者与?安以其国為是者王。殷之日,安以静兵息民,慈愛百姓,辟田野,実倉廩,便備用,安謹募選閲材伎之士,然後漸賞慶以先之,厳刑罰以防之,択士之知事者,使相率貫也,是以厭然畜積修飾,而物用之足也。兵革器械者,彼将日日暴露毀折之中原;我将脩飾之,拊循之,掩蓋之於府庫。貨財粟米者,彼将日日棲遅薛越之中野,我今将畜積并聚之於倉廩。材技股肱健勇爪牙之士,彼将日日挫頓竭之於仇敵,我今将来致之,并閲之,砥礪之於朝廷。如是,則彼日積敝,我日積完;彼日積貧,我日積富;彼日積労,我日積佚。君臣上下之間者,彼将厲厲焉日日相離疾也,我将頓頓焉日日相親愛也,以是待其敝。安以其国為是者覇。立身則従傭俗,事行則遵傭故,進退貴賤則舉傭士,之所以接下之人百姓者則庸寛恵,如是者則安存。立身則軽楛,事行則蠲疑,進退貴賤則舉佞侻,之所以接下之人百姓者則好取侵奪,如是者危殆。立身則憍暴,事行則傾覆,進退貴賤則舉幽険詐故,之所以接下之人百姓者,則好用其死力矣,而慢其功労,好用其籍斂矣,而忘其本務,如是者滅亡。此五等者,不可不善択也,王、覇、安存、危殆、滅亡之具也。善択者制人,不善択者人制之。善択之者王,不善択之者亡。夫王者之与亡者,制人之与人制之也,是其為相県也亦遠矣。
書き下し
権謀傾覆の人退けば、則ち賢良知聖の士は案じて自ら進まん。刑政平らかに、百姓和し、国俗節あれば、則ち兵勁く城固く、敵国は案じて自ら詘せん。本事を務め、財物を積みて、棲遅薛越するを忘るる勿くんば、是れ群臣百姓をして皆な制度を以て行わしむれば、則ち財物積み、国家は案じて自ら富まん。三つの者此に体すれば天下服し、暴国の君は案じて自ら其の兵を用うる能わず。何となれば則ち、彼れ与に至る無ければなり。彼の其の与に至る所の者は、必ず其の民なり。其の民の我に親しむや、歓ぶこと父母の若く、我を好むこと芳しきこと芝蘭の如し。反りて其の上を顧みれば則ち灼黥の若く、仇讎の若し。彼の人の情性たるや桀跖と雖も、豈に肯えて其の悪む所の為にして、其の好む所を賊すること有らんや。彼れ以て奪われたり。故に古の人、一国を以て天下を取る者有るは、往きて之を行うに非ず、政を其の所に脩めて、願わざる莫し。是くの如くして以て暴を誅し悍を禁ずべし。故に周公南征して北国怨みて曰く、何ぞ独り来たらざるやと。東征して西国怨みて曰く、何ぞ独り我を後にするやと。孰か能く是れと闘う者有らんや。安んじて其の国を以て是れを為す者は王たり。殷んなるの日は、安んじて以て兵を静め民を息わしめ、百姓を慈愛し、田野を辟き、倉廩を実たし、備用を便にし、安んじて謹んで材伎の士を募選閲し、然る後に賞慶を漸くして以て之に先んじ、刑罰を厳にして以て之を防ぎ、士の事を知る者を択び、相い率いて貫かしむ。是を以て厭然として畜積修飾して、物用之れ足るなり。兵革器械なる者は、彼れ将に日日之を中原に暴露毀折せんとす。我将に之を脩飾し、之を拊循し、之を府庫に掩蓋せんとす。貨財粟米なる者は、彼れ将に日日之を中野に棲遅薛越せんとす。我今将に之を倉廩に畜積并聚せんとす。材技股肱健勇爪牙の士は、彼れ将に日日之を仇敵に挫頓竭せんとす。我今将に之を来致し、之を并閲し、之を朝廷に砥礪せんとす。是くの如くんば、則ち彼は日に敝を積み、我は日に完を積み、彼は日に貧を積み、我は日に富を積み、彼は日に労を積み、我は日に佚を積む。君臣上下の間なる者は、彼は将に厲厲焉として日日相い離れ疾まんとし、我は将に頓頓焉として日日相い親愛せんとす。是を以て其の敝を待つ。安んじて其の国を以て是れを為す者は霸たり。身を立つるには則ち傭俗に従い、事行には則ち傭故に遵い、進退貴賤には則ち傭士を挙げ、下の人百姓に接する所以の者は則ち庸寛恵なり。是くの如き者は則ち安存す。身を立つるには則ち軽楛、事行には則ち蠲疑、進退貴賤には則ち佞侻を挙げ、下の人百姓に接する所以の者は則ち取りて侵奪するを好む。是くの如き者は危殆なり。身を立つるには則ち憍暴、事行には則ち傾覆、進退貴賤には則ち幽険詐故を挙げ、下の人百姓に接する所以の者は、則ち其の死力を用うるを好みて、其の功労を慢り、其の籍斂を用うるを好みて、其の本務を忘る。是くの如き者は滅亡す。此の五等なる者は、善く択ばざるべからず、王、霸、安存、危殆、滅亡の具なり。善く択ぶ者は人を制し、善く択ばざる者は人之を制す。善く之を択ぶ者は王たり、善く之を択ばざる者は亡ぶ。夫れ王者の亡者と、人を制するの人に制せらるるとは、是れ其の相い県たること亦た遠し。
現代語訳
権謀術数で人を陥れる者が退けば、賢く善良で知恵と聖なる徳を持つ士が自然と進み出てくる。刑罰と政治が公平で、人民が和合し、国の風俗に節度があれば、兵は強く城は堅固で、敵国は自然と屈服する。根本の仕事に励み、財貨を蓄え、ぐずぐずと散らし浪費することを忘れずに戒め、家臣も人民もみな制度に従って行動させれば、財貨は積み上がり、国家は自然と豊かになる。この三つが身についていれば天下は服し、暴虐な国の君主は自然と兵を用いることができなくなる。なぜか。彼には共に来てくれる者がいないからである。共に来るべき者とは、必ずその民である。その民がこちらに親しむさまは、父母を喜ぶようであり、こちらを好むさまは、しばぐさや蘭のように香しい。ふりかえって自分の君主を見れば、焼き印のようであり、仇のようである。人の性というものは、たとえ桀や盗跖のような者であっても、どうして自分の憎む者のために、自分の好む者を害することを承知しようか。彼はすでに民を奪われているのである。だから昔の人に、一国から出発して天下を取った者がいるが、それは攻め込んで行ったからではない。自分のいる場所で政治を修めたから、誰もが慕わないでいられなかったのである。こうしてこそ、乱暴者を討ち荒くれ者を禁じることができる。だから周公が南を征伐すると北の国々が恨んで言った、なぜ我々の所へだけ来てくれないのか、と。東を征伐すると西の国々が恨んで言った、なぜ我々を後回しにするのか、と。誰がこういう者と戦えようか。落ち着いて自分の国をこのようにする者が王者となる。国力が充実した日には、静かに兵を休め民を休ませ、人民をいつくしみ、田畑を開き、倉を満たし、備えの物資を使いやすく整え、丁寧に才能と技量ある士を募り選び点検する。そのうえで褒賞をだんだんと厚くして先導し、刑罰を厳しくして防ぎ、実務を知る士を選んで、互いに率いて筋を通させる。こうして落ち着いて蓄えを積み整え、物資は十分になる。武器や器械について、彼は日々それを野原にさらして壊していく。こちらはそれを手入れし、いたわり、蔵に納めて守る。財貨や穀物について、彼は日々それを野にほったらかして散らしていく。こちらは今それを倉に蓄え集めていく。才能と技量、手足となり爪牙となる勇士について、彼は日々彼らを敵にぶつけて挫き疲れさせていく。こちらは今彼らを招き寄せ、点検し、朝廷で磨き上げていく。こうなれば、彼は日々疲弊を積み、こちらは日々充実を積む。彼は日々貧しさを積み、こちらは日々豊かさを積む。彼は日々労苦を積み、こちらは日々ゆとりを積む。君臣上下の間柄も、彼のほうは日ごとにとげとげしく離れ憎み合い、こちらは日ごとに一途に親しみ愛し合う。こうして相手の疲弊を待つ。落ち着いて自分の国をこのようにする者が覇者となる。身の処し方は世間並みの習わしに従い、行いは世間並みの先例に従い、人の登用も世間並みの人物を挙げ、下の人民に接するにはひととおり寛大で恵み深い。こういう者は無事に存続する。身の処し方が軽々しく粗雑で、行いはいい加減で疑わしく、人の登用ではへつらう者や口先だけの者を挙げ、下の人民からは奪い取ることを好む。こういう者は危うい。身の処し方は驕り高ぶって乱暴で、行いは人を陥れ、人の登用では陰険で偽りの多い者を挙げ、下の人民には命がけの働きを求めながらその功労を軽んじ、税の取り立てばかりを好んで根本の仕事を忘れる。こういう者は滅亡する。この五つの等級は、よく選ばなければならない。王者、覇者、安泰な存続、危険、滅亡の、それぞれの条件である。よく選ぶ者は人を制し、よく選ばない者は人に制される。よく選ぶ者は王者となり、よく選ばない者は滅びる。王者と滅びる者、人を制する者と人に制される者との隔たりは、まことにはるかに遠い。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』昭公七年 普天の下、王土に非ざる莫し七年春、王の正月、齊と平らぐ。齊之を求むるなり。癸巳、齊侯虢に次る。燕人成を行ひて曰く、「敝邑罪を知る、敢へて命を聽かざらんや。先君の敝器もて、請ふ以て罪を謝せん」と。公孫皙曰く、「服を受けて退き、釁を俟ちて動くは、可なり」と。二月、戊午、濡上に盟ふ。燕人燕姬を歸(とつ)がしめ、賂ふに瑤罋・玉櫝・斝耳を以てす。克たずして還る。楚子の令尹為るや、王の旌を為りて以て田す。芋尹無宇之を斷ちて曰く、「一國に兩君あらば、其れ誰か之に堪へん」と。即位するに及び、章華の宮を為り、亡人を納れて以て之を實たす。無宇の閽焉に入る。無宇之を執ふ。有司與へずして曰く、「人を王宮に執ふ、其の罪大なり」と。執へて諸を王に謁す。王將に酒を飲まんとす。無宇辭して曰く、「天子は經略し、諸侯は封を正す、古の制なり。封略の内、何か君の土に非ざる。土の毛を食む、誰か君の臣に非ざる。故に詩に曰く、『普天の下、王土に非ざる莫く、率土の濱、王臣に非ざる莫し』と。
-
史記 高祖本紀高祖長く雒陽に都せんと欲す、斉人劉敬説き、乃ち留侯上に勧めて関中に入り都せしむ、高祖是の日駕して、入りて関中に都す。六月、天下に大赦す。十月、燕王臧荼反し、代の地を攻め下す。高祖自ら将として之を撃ち、燕王臧荼を得たり。即ち太尉盧綰を立てて燕王と為す。丞相噲をして兵を将ゐて代を攻めしむ。其の秋、利幾反す、高祖自ら兵を将ゐて之を撃つ、利幾走る。利幾は、項氏の将なり。項氏敗れ、利幾陳公為り、項羽に随はず、亡げて高祖に降る、高祖之を潁川に侯とす。高祖雒陽に至り、通侯の籍を挙げて之を召す、而して利幾恐る、故に反す。六年、高祖五日に一たび太公に朝す、家人の父子の礼の如くす。太公の家令太公に説きて曰く、「天に二日無く、土に二王無し。今高祖子なりと雖も、人主なり。太公父なりと雖も、人臣なり。柰何ぞ人主をして人臣を拝せしめん。此くの如くならば、則ち威重行はれず。」と。後に高祖朝す、太公篲(ほうき)を擁し、門に迎へて卻行す。高祖大いに驚き、下りて太公を扶く。太公曰く、「帝は、人主なり、柰何ぞ我を以て天下の法を乱さん。」と。是に於て高祖乃ち太公を尊びて太上皇と為す。心に家令の言を善しとし、金五百斤を賜ふ。十二月、人変事を上りて楚王信の謀反を告ぐる有り、上左右に問ふ、左右争ひて之を撃たんと欲す。陳平の計を用ゐ、乃ち偽りて雲夢に遊び、諸侯を陳に会す、楚王信迎ふ、即ち因りて之を執ふ。是の日、天下に大赦す。田肯賀し、因りて高祖に説きて曰く、「陛下韓信を得、又秦中を治む。秦は、形勝の国なり、河山の険を帯び、県隔すること千里、戟を持つもの百万、秦百に二を得たり。地勢便利にして、其の以て兵を諸侯に下すこと、譬へば猶ほ高屋の上に居りて瓴水を建(くつがへ)すがごときなり。夫れ斉は、東に瑯邪・即墨の饒有り、南に泰山の固有り、西に濁河の限有り、北に勃海の利有り。
-
人物志・流業是を主道得られて臣道序すと謂い、官方を易えずして、太平用て成る。
-
説苑・奉使晉楚の君相與に好會を宛丘の上に爲す。宋人をして往かしむ。晉楚の大夫曰く、「趣かに天子の禮を以て吾が君に見えよ、我子の爲に見えん。」使者曰く、「冠弊ると雖も、宜しく其の上に加うべし。履新たなりと雖も、宜しく其の下に居るべし。周室微なりと雖も、諸侯未だ之を易うる能わざるなり。師宋城に升るとも、猶お臣の服を更めざるなり。」揖して之を去る。諸大夫瞿然とし、遂に諸侯の禮を以て之に見ゆ。
-
論語・八佾篇子曰く、『夷狄の君有るは、諸夏の亡きに如かず。』
-
『春秋左氏伝』昭公七年 天に十日、人に十等天に十日有り、人に十等有り。下は上に事ふる所以、上は神に共する所以なり。故に王は公を臣とし、公は大夫を臣とし、大夫は士を臣とし、士は皁を臣とし、皁は輿を臣とし、輿は隸を臣とし、隸は僚を臣とし、僚は僕を臣とし、僕は臺を臣とす。馬に圉有り、牛に牧有り、以て百事を待つ。今有司曰く、『女胡ぞ人を王宮に執ふる』と。將た焉にか之を執へん。周の文王の法に曰く、『亡有れば荒(おほ)いに閱す』と。天下を得し所以なり。吾が先君文王、僕區の法を作りて曰く、『盜の隱す所の器は、盜と罪を同じくす』と。汝に封ずる所以なり。若し有司に從はば、是れ逃臣を執ふる所無きなり。逃げて之を舍かば、是れ陪臺無きなり。王事乃ち闕くること無からんや。昔武王紂の罪を數へて、以て諸侯に告げて曰く、『紂は天下の逋逃の主と為り、淵藪に萃む』と。故に夫(か)の死を致す。君王始めて諸侯を求めて紂に則るは、乃ち不可なること無からんや。若し二文の法を以て之を取らば、盜所在有らん」と。王曰く、「而(なんぢ)の臣を取りて以て往け。盜寵有り、未だ得べからざるなり」と。遂に之を赦す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る