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荀子 / 王制篇

聖主之制也:草木榮華滋碩之時,則斧斤不入山林,不夭其生,不絕其長也。黿鼉魚鱉鰍鱣孕別之時,罔罟毒藥不入澤,不夭其生,不絕其長也。春耕、夏耘、秋收、冬藏,四者不失時,故五穀不絕,而百姓有餘食也。汙池淵沼川澤,謹其時禁,故魚鱉優多,而百姓有餘用也。斬伐養長不失其時,故山林不童,而百姓有餘材也。

新字:聖主之制也:草木栄華滋碩之時,則斧斤不入山林,不夭其生,不絶其長也。黿鼉魚鱉鰍鱣孕別之時,罔罟毒薬不入沢,不夭其生,不絶其長也。春耕、夏耘、秋収、冬蔵,四者不失時,故五穀不絶,而百姓有余食也。汙池淵沼川沢,謹其時禁,故魚鱉優多,而百姓有余用也。斬伐養長不失其時,故山林不童,而百姓有余材也。

書き下し

聖主の制なり。草木栄華滋碩の時は、則ち斧斤山林に入らず、其の生を夭せず、其の長を絶たざるなり。黿鼉魚鱉鰍鱣の孕別の時は、罔罟毒薬沢に入らず、其の生を夭せず、其の長を絶たざるなり。春耕、夏耘、秋収、冬蔵、四つの者時を失わず、故に五穀絶えずして、百姓余食有り。汙池淵沼川沢は、謹んで其の時に禁ずれば、故に魚鱉優れて多くして、百姓余用有り。斬伐養長其の時を失わず、故に山林童ならずして、百姓余材有り。

現代語訳

聖なる君主の制度はこうである。草木が花を咲かせ、生い茂り、大きく育つ時期には、斧を山林に入れない。その生命を若死にさせず、その成長を断ち切らないためである。すっぽん、わに、魚、かめ、どじょう、ちょうざめが卵を産み子を分かつ時期には、網や毒を沢に入れない。その生命を若死にさせず、その成長を断ち切らないためである。春に耕し、夏に草を取り、秋に収め、冬に蓄える。この四つが時を外さないから、五穀は絶えることなく、人民には食糧に余りがある。ため池や淵、沼、川、沢は、慎重に季節ごとの禁令を守るから、魚やすっぽんはたっぷりと多く、人民には使うものに余りがある。伐採と育成が時を外さないから、山林ははげ山にならず、人民には材木に余りがある。

解説

聖王の制度として語られるのは、意外にも徹底した資源管理です。草木が育つ時期に斧を入れない。魚が産卵する時期に網も毒も入れない。伐採と育成のバランスを季節に合わせて守る。すると五穀は絶えず、魚は増え、山ははげ山にならず、人民には食料も材木も余りが出る。二千年以上前に書かれたとは思えないほど明快な持続可能性の思想です。荀子の論理は道徳的な自然保護ではなく、あくまで実利に立っています。今取り尽くせば来年がない。だから取らない時期を守ることこそが、結果として最も多く得る道だというのです。これは仕事にもそのまま当てはまります。人も、時間も、信用も、限界まで使い切れば回復しません。休ませる時期、育てる時期、収穫する時期を意識的に分けること。「余りが出る」状態を作れるかどうかが、長く続く組織と使い潰す組織を分けます。

この一句を、あなたの毎日に。

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