荀子 / 王制篇
君者,善群也。群道當,則萬物皆得其宜,六畜皆得其長,群生皆得其命。故養長時,則六畜育;殺生時,則草木殖;政令時,則百姓一,賢良服。
新字:君者,善群也。群道当,則万物皆得其宜,六畜皆得其長,群生皆得其命。故養長時,則六畜育;殺生時,則草木殖;政令時,則百姓一,賢良服。
書き下し
君なる者は、善く群するなり。群道当たれば、則ち万物皆な其の宜しきを得、六畜皆な其の長を得、群生皆な其の命を得。故に養長時なれば、則ち六畜育ち、殺生時なれば、則ち草木殖え、政令時なれば、則ち百姓一にして、賢良服す。
現代語訳
君主とは、人々をうまく群れさせる者のことである。群れを治める道が的確であれば、あらゆるものがそれぞれふさわしい場を得て、六種の家畜はみなその成長をまっとうし、生きとし生けるものはみなその寿命をまっとうする。だから、養い育てることが時にかなっていれば家畜は繁殖し、殺すことと生かすことが時にかなっていれば草木は茂り、政令が時にかなっていれば人民は心を一つにし、賢く善良な者が心服する。
解説
「君なる者は、善く群するなり」——君主とは何かという問いに、荀子はひと言で答えます。人々をうまく群れさせる者だ、と。血統でも権威でもなく、集団をまとめ機能させる能力こそが君主の本質だという定義です。そして群れを治める道が的確であれば、その効果は人間にとどまらない。家畜は育ち、草木は茂り、生きとし生けるものが寿命をまっとうする。ここで鍵になるのが「時」です。養うにも殺すにも命令を出すにも、ふさわしい時機がある。時機を外せば、どんなに正しい内容でも効果を持ちません。政令が時にかなえば人民の心は一つになり、優秀な人ほど進んで従うというのです。リーダーの仕事も同じで、何を言うかと同じくらい、いつ言うかが結果を分けます。人が受け取れる状態にあるタイミングを見計らうこと。それが「善く群する」ということの、地味だが決定的な中身です。
この章句が説くこと
君は善く群する者群道時にかなうリーダーの本質無為リーダーシップ
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