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荀子 / 王制篇

水火有氣而無生,草木有生而無知,禽獸有知而無義,人有氣、有生、有知,亦且有義,故最為天下貴也。力不若牛,走不若馬,而牛馬為用,何也?曰:人能群,彼不能群也。人何以能群?曰:分。分何以能行?曰:義。故義以分則和,和則一,一則多力,多力則彊,彊則勝物;故宮室可得而居也。故序四時,裁萬物,兼利天下,無它故焉,得之分義也。

新字:水火有気而無生,草木有生而無知,禽獣有知而無義,人有気、有生、有知,亦且有義,故最為天下貴也。力不若牛,走不若馬,而牛馬為用,何也?曰:人能群,彼不能群也。人何以能群?曰:分。分何以能行?曰:義。故義以分則和,和則一,一則多力,多力則彊,彊則勝物;故宮室可得而居也。故序四時,裁万物,兼利天下,無它故焉,得之分義也。

書き下し

水火は気有りて生無く、草木は生有りて知無く、禽獣は知有りて義無し。人は気有り、生有り、知有り、亦た且つ義有り。故に最も天下の貴と為すなり。力は牛に若かず、走ることは馬に若かず、而も牛馬は用を為すは、何ぞや。曰く、人は能く群し、彼は群する能わざればなり。人は何を以て能く群するか。曰く、分なり。分は何を以て能く行わるるか。曰く、義なり。故に義以て分かてば則ち和し、和すれば則ち一なり、一なれば則ち力多く、力多ければ則ち彊く、彊ければ則ち物に勝つ。故に宮室得て居るべきなり。故に四時を序し、万物を裁し、兼ねて天下を利するは、它の故無し、之を分義に得ればなり。

現代語訳

水や火は気はあるが生命がない。草や木は生命はあるが知覚がない。鳥や獣は知覚はあるが義がない。人は気があり、生命があり、知覚があり、そのうえ義まで持っている。だから天下で最も貴いのである。力では牛にかなわず、走ることでは馬にかなわないのに、牛や馬が人に使われるのはなぜか。答えて言う。人は群れを作ることができ、あれらは群れを作れないからである。人はどうやって群れを作れるのか。答えて言う。分、すなわち役割の区分によってである。その区分はどうして機能するのか。答えて言う。義によってである。だから義によって区分すれば調和が生まれ、調和すれば一つにまとまり、まとまれば力が大きくなり、力が大きくなれば強くなり、強くなれば他の生き物に打ち勝つ。だから宮室を建てて住むことができる。四季の順序に従い、万物を用に応じて裁き、あわせて天下を利する。ほかに理由はない。分と義とを得ているからである。

解説

荀子の人間観がもっとも凝縮された一段です。水火には気だけ、草木には生命、鳥獣には知覚、そして人にはそのうえ義がある。だから人が最も貴いというのです。ここから議論は一気に社会の話へ進みます。人は牛より力が弱く馬より足が遅いのに、なぜ牛馬を使えるのか。答えは「人は群れることができる」から。では何が群れを可能にするのか。役割の区分、すなわち分です。では何が区分を機能させるのか。義、つまり正しさの共有です。義があるから区分に納得が生まれ、納得があるから調和し、調和すれば力が集まる。人間の強さは個体の能力ではなく、組織を作る能力にあるという鋭い分析です。私たちのチームも同じで、役割分担がうまくいかないときの原因はたいてい能力ではなく、分担が公正だと皆が思えていないことにあります。義なき分業は、必ずほころびます。

この一句を、あなたの毎日に。

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