荀子 / 王制篇
閔王毀於五國,桓公劫於魯莊,無它故焉,非其道而慮之以王也。
新字:閔王毀於五国,桓公劫於魯荘,無它故焉,非其道而慮之以王也。
書き下し
閔王は五国に毀たれ、桓公は魯の荘に劫かさる。它の故無し、其の道に非ずして之を慮るに王を以てすればなり。
現代語訳
斉の閔王は五か国の連合に打ち破られ、斉の桓公は魯の荘公の場で脅かされた。ほかに理由はない。王者の道によらないままで、王者になろうと目論んだからである。
解説
わずか一行で、荀子は歴史上の二つの失敗を切って捨てます。斉の閔王は諸国の連合軍に叩き潰され、覇者として名高い桓公でさえ会盟の席で脅迫を受けた。なぜか。王者の道を踏んでいないのに、王者の成果だけを欲しがったからだ、というのです。前の二段で荀子は、強者の道と覇者の道をそれぞれ丁寧に説明しました。それぞれの道には、それにふさわしいふるまいがある。にもかかわらず、力ずくの手段のままで王者の座を求めれば、手段と目的が食い違い、必ずどこかで破綻します。ここには、目標を高く掲げること自体は悪くないが、そこへ至る道筋を選び違えれば逆に足元を崩す、という警告があります。自分が今どの道を歩いているのかと、自分が目指している到達点は、本当に地続きなのか。そのずれこそが、最も見えにくい失敗の原因です。
この章句が説くこと
閔王と桓公道と目的のずれ手段の一貫性覇者の限界覇者亡国
関連する章句
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荀子・王覇篇国を絜げて以て功利を呼び、其の義を張り、其の信を斉しくするを務めず、唯だ利をのみ之れ求む。内は則ち其の民を詐るを憚らずして、小利を求む。外は則ち其の与を詐るを憚らずして、大利を求む。内は其の有つ所以を脩正せずして、然も常に人の有を欲す。是くの如くんば、則ち臣下百姓は詐心を以て其の上を待たざるは莫し。上は其の下を詐り、下は其の上を詐れば、則ち是れ上下析かるるなり。是くの如くんば、則ち敵国之を軽んじ、与国之を疑い、権謀日びに行われて、国は危削を免れず、之を綦めて亡ぶ。斉の閔王、薛公是れなり。故に彊斉を用うるに、礼義を修むるを以てするに非ず、政教を本とするを以てするに非ず、天下を一にするを以てするに非ず、綿綿として常に結引馳外を以て務と為す。故に彊く、南は以て楚を破るに足り、西は以て秦を詘するに足り、北は以て燕を敗るに足り、中は以て宋を挙ぐるに足る。燕・趙起ちて之を攻むるに及びては、槁を振うが若く然り。而して身は死し国は亡び、天下の大戮と為り、後世の悪を言うや、則ち必ず焉に稽う。是れ它の故無し、唯だ其の礼義に由らずして、権謀に由ればなり。
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荀子・議兵篇故に斉の田単、楚の荘蹻、秦の衛鞅、燕の繆蟣、是れ皆な世俗の所謂る善く兵を用うる者なり。是れ其の巧拙強弱は、則ち未だ以て相い君たること有らず。若し其の道は一なり、未だ和斉に及ばざるなり。掎契司詐、権謀傾覆にして、未だ盗兵を免れざるなり。斉桓・晋文・楚荘・呉の闔閭・越の勾践、是れ皆な和斉の兵なり。其の域に入ると謂うべし。然り而して未だ本統有らざるなり。故に以て覇たるべくして以て王たるべからず。是れ強弱の効なり。
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『講孟余話』公孫丑上 首章功烈彼の如く、其れ卑し。管仲の桓公を助くる、王道を知らずして覇術を行ふと云へり。王覇の弁、孟子以下古今名賢の論備はれり。然れども予も亦一説あり。王道は大学に云ふ如く、格物・致知・誠意・正心・修身・斉家より、治国・平天下に至るの次序を失はぬことなり。覇術は是れに反す。桓公の君たる、内嬖の夫人の如き者数人、又外嬖の豎刁・易牙・開方三子の如き者あり。是れを以て一旦桓公の没する、五公子立つことを争ひ、公の骸骨葬るを得ず、尸腐爛して虫を生ず。数年の間斉国禍乱相継ぎ、寧歳なきに至る。管仲の臣たる、樹して門を塞ぎ、三帰・反坫、皆僭して邦君の為す所を為す。是れを以て言ふに、斉の君臣、九合一匡の功ありと云へども、修身斉家の道に於て一も得る所なし。故に桓公・管仲一たび目を瞑すれば、国事潰敗して復た収むべからず。是れ曾西が管仲の功烈を卑しとする所以なり。
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荀子・王制篇具を具えて王たり、具を具えて霸たり、具を具えて存し、具を具えて亡ぶ。万乗の国を用うる者は、威彊の立つ所以なり、名声の美なる所以なり、敵人の屈する所以なり、国の安危臧否たる所以なり。制は此に在りて、人に亡し。王、霸、安存、危殆、滅亡は、制は我に在りて、人に亡し。夫れ威彊未だ以て鄰敵を殆うくするに足らず、名声未だ以て天下に県くるに足らざれば、則ち是れ国未だ独立する能わざるなり。豈に渠ぞ夫の累を免るるを得んや。天下暴国に脅かされて、党して吾が是に於いて欲せざる所を為すも、日に桀と事を同じくし行を同じくするは、堯たるを害する無し。是れ功名の就る所に非ざるなり、存亡安危の墮る所に非ざるなり。功名の就る所、存亡安危の墮る所は、必ず愉殷赤心の所に将いてす。誠に其の国を以て王者の所と為せば亦た王たり、其の国を以て危殆滅亡の所と為せば亦た危殆滅亡す。殷んなるの日は、案じて以て中立し、偏する所有る無くして、縦横の事を為さず、偃然として案じて兵を無動にし、以て夫の暴国の相い卒するを観る。案じて政教を平らかにし、節奏を審らかにし、百姓を砥礪す。是れを為すの日にして、兵は天下に剸ち勁からん。案然として仁義を修め、隆高に伉り、法則を正し、賢良を選び、百姓を養う。是れを為すの日にして、名声は天下に剸ち美ならん。権は之を重くし、兵は之を勁くし、名声は之を美にす。夫の堯舜は天下を一にせしも、是れに毫末を加うる能わざらん。
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荀子・仲尼篇彼の王者は則ち然らず。賢を致して能く以て不肖を救い、彊を致して能く以て弱を寛くし、戦えば必ず能く之を殆うくするも、之と鬥うを羞ず。委然として文を成し、以て之を天下に示せば、暴国も安んじて自ら化す。災繆なる者有らば、然る後に之を誅す。故に聖王の誅や綦めて省なり。文王は四を誅し、武王は二を誅す。周公業を卒え、成王に至れば、則ち安んじて誅する無し。故に道豈に行なわれざらんや。文王は百里の地に載りて、天下一なり。桀・紂は之を舎て、天下を有つの埶に厚きも、匹夫として老ゆるを得ず。故に善く之を用うれば、則ち百里の国も以て独立するに足る。善く之を用いざれば、則ち楚は六千里なるも讎人の役と為る。故に人主、道を得るを務めずして、広く其の埶を有つは、是れ其の危うき所以なり。
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