荀子 / 王制篇
知彊大者不務彊也,慮以王命,全其力,凝其德。力全則諸侯不能弱也,德凝則諸侯不能削也,天下無王霸主,則常勝矣:是知彊道者也。
新字:知彊大者不務彊也,慮以王命,全其力,凝其徳。力全則諸侯不能弱也,徳凝則諸侯不能削也,天下無王覇主,則常勝矣:是知彊道者也。
書き下し
彊大を知る者は彊を務めず、慮るに王命を以てし、其の力を全うし、其の徳を凝らす。力全ければ則ち諸侯之を弱くする能わず、徳凝れば則ち諸侯之を削る能わず。天下に王霸の主無ければ、則ち常に勝つ。是れ彊の道を知る者なり。
現代語訳
本当に強大さというものを知っている者は、力を強めることばかりに努めはしない。王者の道にかなうかどうかを基準として考え、自分の力を損なわずに保ち、自分の徳を固めて凝縮させる。力が損なわれずに保たれていれば、諸侯もこれを弱めることはできない。徳が固まっていれば、諸侯もこれを削ることはできない。天下に王者や覇者と呼べる主がいない状況であれば、そういう国は常に勝つ。これが強さの道を知っている者である。
解説
前段で力押しの自滅を描いた荀子は、では真に強い国はどうふるまうかを述べます。答えは、力を振り回さないことです。力を使えば減る。使わずに全うすれば、誰も弱められない。あわせて徳を凝縮させておけば、誰も削り取れない。ここで言う徳とは、内政の充実と人々からの信頼という、外から奪えない資産のことです。派手な遠征をせず、力と信頼を蓄えたまま待っていれば、周りが消耗していくなかで自然に相対的な優位が生まれ、常に勝つ側に立てる。これは受け身ではなく、極めて能動的な戦略の選択です。私たちの仕事でも、あらゆる案件に手を出して力を分散させるより、コアの力量を摩耗させず、信用を積み上げて温存する時期があってよい。使わない力こそが最も強い、という逆説を荀子は語っています。
この章句が説くこと
力を全うする徳を凝らす強さを知る者温存の戦略
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荀子・王制篇具を具えて王たり、具を具えて霸たり、具を具えて存し、具を具えて亡ぶ。万乗の国を用うる者は、威彊の立つ所以なり、名声の美なる所以なり、敵人の屈する所以なり、国の安危臧否たる所以なり。制は此に在りて、人に亡し。王、霸、安存、危殆、滅亡は、制は我に在りて、人に亡し。夫れ威彊未だ以て鄰敵を殆うくするに足らず、名声未だ以て天下に県くるに足らざれば、則ち是れ国未だ独立する能わざるなり。豈に渠ぞ夫の累を免るるを得んや。天下暴国に脅かされて、党して吾が是に於いて欲せざる所を為すも、日に桀と事を同じくし行を同じくするは、堯たるを害する無し。是れ功名の就る所に非ざるなり、存亡安危の墮る所に非ざるなり。功名の就る所、存亡安危の墮る所は、必ず愉殷赤心の所に将いてす。誠に其の国を以て王者の所と為せば亦た王たり、其の国を以て危殆滅亡の所と為せば亦た危殆滅亡す。殷んなるの日は、案じて以て中立し、偏する所有る無くして、縦横の事を為さず、偃然として案じて兵を無動にし、以て夫の暴国の相い卒するを観る。案じて政教を平らかにし、節奏を審らかにし、百姓を砥礪す。是れを為すの日にして、兵は天下に剸ち勁からん。案然として仁義を修め、隆高に伉り、法則を正し、賢良を選び、百姓を養う。是れを為すの日にして、名声は天下に剸ち美ならん。権は之を重くし、兵は之を勁くし、名声は之を美にす。夫の堯舜は天下を一にせしも、是れに毫末を加うる能わざらん。
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荀子・彊国篇力術は止み、義術は行わる、曷をか謂うや。曰く、秦を之れ謂うなり。威は湯武よりも彊く、広大なること舜禹よりもなるも、然り而して憂患は勝げて校うべからざるなり。諰諰然として常に天下の一たび合して己を軋らんことを恐る。此れ所謂る力術は止むなり。曷をか湯武よりも威彊しと謂うや。湯武なる者は、乃ち能く己を説ぶ者をして使わしむるのみ。今、楚は、父焉に死し、国焉に挙げられ、三王の廟を負いて、陳蔡の間に辟し、可を視て間を司い、案に其の脛を剡くして以て秦の腹を蹈まんと欲す。然り而して秦は左せしむれば案ち左し、右せしむれば案ち右す。是れ乃ち讎人をして役せしむるなり。此れ所謂る威は湯武よりも彊しなり。曷をか舜禹よりも広大なりと謂うや。曰く、古者、百王の天下を一にし、諸侯を臣とするや、未だ封内千里を過ぐる者有らざるなり。今、秦は南に乃ち沙羨有りて与に俱にす、是れ乃ち江南なり。北は胡貉と鄰を為し、西は巴戎有り、東は楚に在る者は乃ち斉に界し、韓に在る者は常山を踰えて乃ち臨慮有り、魏に在る者は乃ち圉津に拠り、即ち大梁を去ること百有二十里のみ。其の趙に在る者は剡然として苓有りて松柏の塞に拠り、西海を負いて常山を固くす。是れ地は天下に遍きなり。威は海内を動かし、彊は中国に殆う。然り而して憂患は勝げて校うべからず、諰諰然として常に天下の一たび合して己を軋らんことを恐る。此れ所謂る広大なること舜禹よりもなり。然らば則ち奈何せん。曰く、威を節して文に反り、案に夫の端誠信全の君子を用いて天下を治めしめよ。因りて之と国政に参じ、是非を正し、曲直を治め、咸陽に聴かしめ、順う者は之を錯き、順わざる者にして而る後に之を誅せよ。是くの若くんば、則ち兵は復た塞外に出でずして、令は天下に行われん。是くの若くんば、則ち之が為に明堂を塞外に築きて諸侯を朝せしむと雖も、殆ど可ならん。今の世に仮れば、地を益すは信を益すの務めに如かざるなり。
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