荀子 / 儒効篇
井井兮其有理也,嚴嚴兮其能敬己也,分分兮其有終始也,猒猒兮其能長久也,樂樂兮其執道不殆也,炤炤兮其用知之明也,脩脩兮其用統類之行也,綏綏兮其有文章也,熙熙兮其樂人之臧也,隱隱兮其恐人之不當也:如是,則可謂聖人矣。此其道出乎一。曷謂一?曰:執神而固。曷謂神?曰:盡善挾治之謂神,萬物莫足以傾之之謂固。神固之謂聖人。
新字:井井兮其有理也,厳厳兮其能敬己也,分分兮其有終始也,猒猒兮其能長久也,楽楽兮其執道不殆也,炤炤兮其用知之明也,脩脩兮其用統類之行也,綏綏兮其有文章也,熙熙兮其楽人之臧也,隠隠兮其恐人之不当也:如是,則可謂聖人矣。此其道出乎一。曷謂一?曰:執神而固。曷謂神?曰:尽善挟治之謂神,万物莫足以傾之之謂固。神固之謂聖人。
書き下し
井井兮として其れ理有るなり、厳厳兮として其れ能く己を敬むなり、分分兮として其れ終始有るなり、猒猒兮として其れ能く長久なるなり、楽楽兮として其れ道を執りて殆からざるなり、炤炤兮として其れ知を用うるの明なるなり、脩脩兮として其れ統類を用うるの行なるなり、綏綏兮として其れ文章有るなり、熙熙兮として其れ人の臧きを楽しむなり、隠隠兮として其れ人の当たらざるを恐るるなり。是くの如くんば、則ち聖人と謂うべし。此れ其の道は一より出づ。何をか一と謂う。曰く、神を執りて固し。何をか神と謂う。曰く、善を尽くし治を挾む、之を神と謂う。万物も以て之を傾くるに足るもの莫し、之を固と謂う。神固、之を聖人と謂う。
現代語訳
きちんと整って筋道が通っている。厳かに引き締まって、自分自身を慎んでいる。区別が明らかで、始めと終わりがはっきりしている。おだやかに満ち足りて、長く続いてゆく。楽しげでゆったりとし、道を守って危なげがない。明るく澄んで、知恵の用い方がはっきりしている。よく整い、根本の筋道に従って行動する。ゆるやかに落ち着いて、美しい文彩がある。にこやかに、人の善いところを喜ぶ。深く静かに、人が道理に外れることを心配している。このようであれば、聖人と呼べる。その道はただ一つのものから出ている。その一つとは何か。それは、神を保って動じないことである。神とは何か。善を尽くし、治まりを身に備えていること、これを神という。あらゆるものがこれを傾けるに足りない、これを固という。神にして固、これを聖人というのである。
解説
この章句が説くこと
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