荀子 / 仲尼篇
少事長,賤事貴,不肖事賢,是天下之通義也。有人也,埶不在人上,而羞為人下,是姦人之心也。志不免乎姦心,行不免乎姦道,而求有君子聖人之名,辟之,是猶伏而咶天,救經而引其足也。說必不行矣,俞務而俞遠。故君子時詘則詘,時伸則伸也。
新字:少事長,賤事貴,不肖事賢,是天下之通義也。有人也,埶不在人上,而羞為人下,是姦人之心也。志不免乎姦心,行不免乎姦道,而求有君子聖人之名,辟之,是猶伏而咶天,救経而引其足也。説必不行矣,兪務而兪遠。故君子時詘則詘,時伸則伸也。
書き下し
少は長に事え、賤は貴に事え、不肖は賢に事う。是れ天下の通義なり。人有り、埶は人の上に在らずして、人の下と為るを羞ずるは、是れ姦人の心なり。志は姦心を免れず、行ないは姦道を免れずして、君子聖人の名有らんことを求むるは、之を辟うれば、是れ猶お伏して天を咶め、経を救わんとして其の足を引くがごとし。説は必ず行なわれず、俞いよ務めて俞いよ遠ざかる。故に君子は時に詘すれば則ち詘し、時に伸ぶれば則ち伸ぶるなり。
現代語訳
年少者は年長者に仕え、身分の低い者は高い者に仕え、才の劣る者は賢い者に仕える。これは天下に通じる道理である。ところが、勢いからいって人の上に立てる立場にないのに、人の下につくことを恥だと思う者がいる。これは邪な者の心である。心は邪な思いから抜け出せず、行ないは邪な道から抜け出せないままで、それでいて君子や聖人という名声を求める。これをたとえるなら、うつ伏せに寝そべったまま天をなめようとするようなもの、首をくくった人を助けようとしてその足を引っ張るようなものだ。その言い分が通ることは決してない。努力すればするほど、かえって遠ざかっていく。だから君子は、身をかがめるべき時にはかがみ、伸ばすべき時には伸ばすのである。
解説
この章句が説くこと
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