荀子 / 仲尼篇
彼王者則不然:致賢而能以救不肖,致彊而能以寬弱,戰必能殆之而羞與之鬥,委然成文,以示之天下,而暴國安自化矣。有災繆者,然後誅之。故聖王之誅也綦省矣。文王誅四,武王誅二,周公卒業,至於成王,則安以無誅矣。故道豈不行矣哉!文王載百里地,而天下一;桀紂舍之,厚於有天下之埶,而不得以匹夫老。故善用之,則百里之國足以獨立矣;不善用之,則楚六千里而為讎人役。故人主不務得道,而廣有其埶,是其所以危也。
新字:彼王者則不然:致賢而能以救不肖,致彊而能以寛弱,戦必能殆之而羞与之鬥,委然成文,以示之天下,而暴国安自化矣。有災繆者,然後誅之。故聖王之誅也綦省矣。文王誅四,武王誅二,周公卒業,至於成王,則安以無誅矣。故道豈不行矣哉!文王載百里地,而天下一;桀紂舎之,厚於有天下之埶,而不得以匹夫老。故善用之,則百里之国足以独立矣;不善用之,則楚六千里而為讎人役。故人主不務得道,而広有其埶,是其所以危也。
書き下し
彼の王者は則ち然らず。賢を致して能く以て不肖を救い、彊を致して能く以て弱を寛くし、戦えば必ず能く之を殆うくするも、之と鬥うを羞ず。委然として文を成し、以て之を天下に示せば、暴国も安んじて自ら化す。災繆なる者有らば、然る後に之を誅す。故に聖王の誅や綦めて省なり。文王は四を誅し、武王は二を誅す。周公業を卒え、成王に至れば、則ち安んじて誅する無し。故に道豈に行なわれざらんや。文王は百里の地に載りて、天下一なり。桀・紂は之を舎て、天下を有つの埶に厚きも、匹夫として老ゆるを得ず。故に善く之を用うれば、則ち百里の国も以て独立するに足る。善く之を用いざれば、則ち楚は六千里なるも讎人の役と為る。故に人主、道を得るを務めずして、広く其の埶を有つは、是れ其の危うき所以なり。
現代語訳
真の王者はそうではない。賢明さを極めながら、それによって愚かな者を救うことができる。強さを極めながら、それによって弱い者を寛大に包むことができる。戦えば必ず相手を危うくできるけれども、そもそも戦うことを恥じる。ゆったりと落ち着いて礼のかたちを整え、それを天下に示せば、乱暴な国もおのずと感化されていく。それでも災いをなし道理に背く者があれば、そのとき初めて討つ。だから聖王が討伐する回数はきわめて少ない。文王が討ったのは四、武王が討ったのは二である。周公が事業を仕上げ、成王の代になると、討つべき相手はもういなかった。だから道が行なわれないなどということがあろうか。文王はわずか百里の土地から出発して、天下を統一した。桀と紂は道を捨て、天下を保つ勢力を厚く持っていながら、一介の庶民として老いることさえできなかった。だから道をうまく用いれば、百里の小国でも独立を保つに足りる。うまく用いなければ、六千里の楚のような大国でも仇敵の使い走りになってしまう。君主が道を得ることに努めず、ただ勢力を広げようとするのは、まさにそれが危うさの原因なのである。