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荀子 / 非十二子篇

兼服天下之心:高上尊貴,不以驕人;聰明聖知,不以窮人;齊給速通,不爭先人;剛毅勇敢,不以傷人;不知則問,不能則學,雖能必讓,然後為德。遇君則脩臣下之義,遇鄉則脩長幼之義,遇長則脩子弟之義,遇友則脩禮節辭讓之義,遇賤而少者,則脩告導寬容之義。無不愛也,無不敬也,無與人爭也,恢然如天地之苞萬物。如是,則賢者貴之,不肖者親之;如是,而不服者,則可謂訞怪狡猾之人矣,雖則子弟之中,刑及之而宜。《詩》云:「匪上帝不時,殷不用舊;雖無老成人,尚有典刑;曾是莫聽,大命以傾。」此之謂也。

新字:兼服天下之心:高上尊貴,不以驕人;聰明聖知,不以窮人;斉給速通,不争先人;剛毅勇敢,不以傷人;不知則問,不能則學,雖能必譲,然後為徳。遇君則脩臣下之義,遇鄉則脩長幼之義,遇長則脩子弟之義,遇友則脩礼節辞譲之義,遇賤而少者,則脩告導寛容之義。無不愛也,無不敬也,無与人争也,恢然如天地之苞万物。如是,則賢者貴之,不肖者親之;如是,而不服者,則可謂訞怪狡猾之人矣,雖則子弟之中,刑及之而宜。《詩》云:「匪上帝不時,殷不用旧;雖無老成人,尚有典刑;曽是莫聴,大命以傾。」此之謂也。

書き下し

天下の心を兼ね服せしむるには、高上尊貴なるも、以て人に驕らず。聰明聖知なるも、以て人を窮せしめず。齊給速通なるも、人に先んずるを爭わず。剛毅勇敢なるも、以て人を傷つけず。知らざれば則ち問い、能わざれば則ち學び、能うと雖も必ず讓(ゆず)る。然る後に德と為す。君に遇えば則ち臣下の義を脩め、鄉に遇えば則ち長幼の義を脩め、長に遇えば則ち子弟の義を脩め、友に遇えば則ち禮節辭讓の義を脩め、賤にして少なき者に遇えば、則ち告導寬容の義を脩む。愛せざる無く、敬せざる無く、人と爭う無く、恢然(かいぜん)として天地の萬物を苞(つつ)むが如し。是(かく)の如くんば、則ち賢者は之を貴び、不肖者も之に親しむ。是の如くして服せざる者は、則ち訞怪狡猾(ようかいこうかつ)の人と謂うべし。子弟の中と雖も、刑之に及ぶも宜(よろ)しからん。詩に云う、「上帝の時(よ)からざるに匪(あら)ず、殷、舊(きゅう)を用いず。老成の人無しと雖も、尚(な)お典刑有り。曾(すなわ)ち是れ聽く莫く、大命以て傾く」と。此れ之の謂いなり。

現代語訳

天下の人々の心をすべて心服させるには、こうする。地位が高く尊くとも、それで人に驕らない。聡明で知恵があっても、それで人を言い負かして窮地に追いこまない。理解が速く弁が立っても、人より先に立とうと争わない。剛毅で勇敢でも、それで人を傷つけない。知らなければ問い、できなければ学び、できるときでも必ず人に譲る。そうしてはじめて徳となる。君主に対しては臣下としての義を尽くし、郷里の人には年長者と年少者の義を尽くし、目上には子弟としての義を尽くし、友には礼節と辞譲の義を尽くし、身分が低く年少の者には教え導き寛容に接する義を尽くす。愛さない相手はなく、敬わない相手はなく、人と争うこともなく、広々として天地が万物を包みこむようである。こうであれば、賢者はその人を尊び、愚かな者もその人に親しむ。これでもなお心服しない者がいるなら、それは怪しく狡猾な人間と言うべきで、たとえ身内の子弟であっても、刑罰が及んで当然である。詩経に「天が善くないのではない。殷が古き良き道を用いなかったのだ。老練の人はいなくとも、なお守るべき法はある。それすら聴こうとせず、天命はついに傾いた」とあるのは、このことを言うのである。

解説

非十二子篇の中でも、日々の実践としてもっとも役立つ一段でしょう。人の心を本当に得るにはどうするか。荀子が挙げるのは、いずれも「持っている力をあえて使わない」という形をしています。地位があっても驕らない。頭が切れても人を追いつめない。理解が速くても先を争わない。強くても人を傷つけない。そして、知らなければ聞き、できなければ学び、できるときでも譲る。力を持つことと、それを振りかざさないことは別だ、という洞察です。さらに荀子は、相手ごとに尽くすべき義を細かく挙げます。君主、郷里、目上、友、年下と、関係が変われば果たすべき務めも変わる。それを一つ一つ丁寧に行う人は、天地が万物を包むように広い存在になる、と。優秀さで人を圧倒する場面は、職場にも学校にもあります。しかし人が本当についてくるのは、力を抑え、相手に応じて敬意を配れる人です。

この一句を、あなたの毎日に。

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