荀子 / 非十二子篇
不知壹天下建國家之權稱,上功用,大儉約,而僈差等,曾不足以容辨異,縣君臣;然而其持之有故,其言之成理,足以欺惑愚眾:是墨翟宋鈃也。
新字:不知壱天下建国家之権稱,上功用,大倹約,而僈差等,曽不足以容辨異,県君臣;然而其持之有故,其言之成理,足以欺惑愚眾:是墨翟宋鈃也。
書き下し
天下を壹にし國家を建つるの權稱(けんしょう)を知らず、功用を上(たっと)び、儉約を大とし、而して差等を僈(あなど)り、曾(すなわ)ち以て辨異を容れ君臣を縣(か)くるに足らず。然れども其の之を持するに故有り、其の之を言うに理を成し、以て愚衆を欺惑するに足る。是れ墨翟(ぼくてき)・宋鈃(そうけん)なり。
現代語訳
天下を統一し国家を建てるための、ものごとを量る基準を知らない。実利ばかりを重んじ、倹約を最大の徳とし、身分や役割の区別をないがしろにする。これでは人それぞれの違いを受けとめることも、君臣の上下を立てることもできない。ところが、その主張には一応の根拠があり、言い分は理屈として成り立っているので、無知な民衆をだまし惑わせるには十分である。それが墨翟(ぼくてき)と宋鈃(そうけん)である。
解説
批判の矛先が墨家に向きます。墨翟すなわち墨子は、無差別の愛(兼愛)と徹底した節約を説き、宋鈃もそれに近い立場でした。荀子が問題にするのは、彼らが実用と倹約を最優先するあまり、人と人との立場や役割の違い、いわゆる差等をないがしろにしてしまう点です。荀子にとって礼とは、この違いを整理し、それぞれに応じた位置と務めを与える仕組みでした。区別がなくなれば、かえって社会は動かなくなる、という見立てです。効率と節約だけを追えば組織は回る、という発想は現代の職場にもよくあります。しかし、役割の線引きや責任の所在、敬意の払い方といった目に見えにくい秩序を削り落とすと、いざというとき誰も動けなくなります。無駄を削る前に、何が無駄でないのかを見極める目こそが要ります。