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荀子 / 非十二子篇

假今之世,飾邪說,文姦言,以𣻏亂天下,欺惑愚眾,矞宇嵬瑣使天下混然不知是非治亂之所存者,有人矣。

新字:仮今之世,飾邪説,文姦言,以𣻏乱天下,欺惑愚眾,矞宇嵬瑣使天下混然不知是非治乱之所存者,有人矣。

書き下し

今の世に假(か)りて、邪説を飾り、姦言を文(かざ)り、以て天下を汙亂(おらん)し、愚衆を欺惑(ぎわく)し、矞宇(いつう)嵬瑣(かいさ)にして、天下をして混然として是非治亂の存する所を知らざらしむる者、人有り。

現代語訳

今の世の中には、よこしまな説をもっともらしく飾り立て、邪(よこしま)な言葉を美しく仕立てて天下をかき乱し、無知な民衆をだまし惑わせ、大げさな物言いやこざかしい小理屈をふりまわして、世の人々をわけの分からない状態に陥れ、何が正しく何が誤りか、何が治世で何が乱世かさえ見分けられなくしてしまう者たちがいる。

解説

非十二子篇の冒頭です。荀子はこれから当時の代表的な思想家十二人を名指しで批判していくのですが、その前置きとして「世を惑わす言論」の存在を告発します。ここで挙げられているのは、内容そのものより「飾り」と「言い回し」で人を動かしてしまう言葉の危うさです。荀子は、飾られた説は聞き手の判断力を奪い、是非と治乱の区別すらつかなくさせると見ています。学問を修めるとは、こうした言葉に流されない基準を自分の中に持つことでもある、という荀子の一貫した立場がここに表れています。現代でも、断言口調の情報や耳ざわりのよい主張は絶えず流れてきます。発信者の勢いや語り口ではなく、その主張が筋道立っているか、実際に世の役に立つのかで測る癖をつけたいところです。批判の対象を具体的に挙げていく荀子の姿勢は、思想を評価するときは名指しで、根拠とともにという誠実さの表れでもあります。

この一句を、あなたの毎日に。

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