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荀子 / 栄辱篇

快快而亡者、怒也,察察而殘者、忮也,博而窮者、訾也,清之而俞濁者、口也,豢之而俞瘠者、交也,辯而不說者、爭也,直立而不見知者、勝也,廉而不見貴者、劌也,勇而不見憚者、貪也,信而不見敬者、好剸行也。此小人之所務,而君子之所不為也。

新字:快快而亡者、怒也,察察而残者、忮也,博而窮者、訾也,清之而俞濁者、口也,豢之而俞瘠者、交也,辯而不説者、争也,直立而不見知者、勝也,廉而不見貴者、劌也,勇而不見憚者、貪也,信而不見敬者、好剸行也。此小人之所務,而君子之所不為也。

書き下し

快快として亡ぶ者は、怒なり。察察として残(そこな)わるる者は、忮(き)なり。博くして窮する者は、訾(そし)るなり。之を清くせんとして俞(いよいよ)濁る者は、口なり。之を豢(やしな)いて俞(いよいよ)瘠(や)する者は、交わりなり。弁じて説(よろこ)ばれざる者は、争うなり。直立して知られざる者は、勝たんとするなり。廉にして貴ばれざる者は、劌(けい)なり。勇にして憚(はばか)られざる者は、貪るなり。信にして敬われざる者は、剸行(せんこう)を好むなり。此れ小人の務むる所にして、君子の為さざる所なり。

現代語訳

思い通りに気持ちよく振る舞いながら身を滅ぼすのは、怒りっぽいからである。細かいところまでよく見えていながら傷つけられるのは、人をねたむからである。博識でありながら行き詰まるのは、人をそしるからである。身を清くしようとしてかえって濁るのは、口が過ぎるからである。人を養い育てようとしてかえって痩せさせるのは、その交わり方が悪いからである。弁が立つのに喜ばれないのは、人と争おうとするからである。まっすぐに立っているのに認められないのは、人に勝とうとするからである。清廉なのに尊ばれないのは、その鋭さで人を切り傷つけるからである。勇敢なのに恐れられないのは、欲深いからである。誠実なのに敬われないのは、独断で事を行うのを好むからである。これらは小人がつとめて行うことであって、君子はしないことである。

解説

よい資質を持ちながら、なぜかうまくいかない人がいます。荀子はその原因を十通り挙げ、すべて本人の一癖に帰しています。怒りっぽさ、ねたみ、悪口、しゃべりすぎ、勝ち負けへのこだわり、鋭すぎる潔癖さ、欲深さ、そして独断専行。どれも能力そのものではなく、能力に付いてくる態度の問題です。弁が立つのに人が喜ばないのは、話が下手だからではなく、話すたびに人と争っているから。清廉なのに敬われないのは、その潔癖さが刃物のように人を切るからだ、というわけです。私たちの職場にも思い当たる姿があるはずです。正しいことを言っているのに味方が増えないなら、内容ではなく、その言い方や動機のほうを点検してみるとよいでしょう。荀子は、こうした癖を手放すことが君子への第一歩だと言っています。

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