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荀子 / 不苟篇

君子寬而不僈,廉而不劌,辯而不爭,察而不激,直立而不勝,堅彊而不暴,柔從而不流,恭敬謹慎而容。夫是之謂至文。《詩》曰:「溫溫恭人,惟德之基。」此之謂也。

新字:君子寛而不僈,廉而不劌,辯而不争,察而不激,直立而不勝,堅彊而不暴,柔従而不流,恭敬謹慎而容。夫是之謂至文。《詩》曰:「温温恭人,惟徳之基。」此之謂也。

書き下し

君子は寛にして僈ならず、廉にして劌ならず、弁にして争わず、察にして激ならず、直立にして勝たず、堅彊にして暴ならず、柔従にして流れず、恭敬謹慎にして容あり。夫れ是れを之れ至文と謂う。詩に曰く、「温温たる恭人は、惟れ徳の基なり」とは、此れを之れ謂うなり。

現代語訳

君子は、寛大だがしまりがないわけではない。角が立っていても人を傷つけない。よく弁じるが人と争わない。物事を見抜くが激しく攻め立てない。まっすぐに立つが人に勝ち誇らない。堅く強いが乱暴ではない。柔らかく従うが、流されはしない。うやうやしく慎み深く、それでいてゆとりがある。これを最高の調和のとれたかたち、至文と呼ぶ。詩経に「おだやかで恭しい人こそ、徳の土台である」とあるのは、このことを言っている。

解説

前の段に続いて、君子の振る舞いを八つの対句で描いた一段です。すべてが「よい性質」と「その性質が行きすぎた姿」を切り分ける形になっています。寛大さは、行きすぎればだらしなさに変わる。潔癖さは、行きすぎれば人を傷つける刃になる。強さは乱暴に、柔らかさは無節操に転落する。荀子はその一歩手前で踏みとどまった状態を「至文」——最も整った美しさ——と呼びました。文とは飾りではなく、内容が形として過不足なく現れることです。長所は放っておくと短所に化けます。面倒見のよさが甘さに、正確さが細かすぎる詰めに、決断力が独断に。自分の強みが今どちら側にあるかを時々点検する。それだけで、同じ性格のまま印象も成果も変わってきます。

この一句を、あなたの毎日に。

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