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荀子 / 修身篇

端愨順弟,則可謂善少者矣;加好學遜敏焉,則有鈞無上,可以為君子者矣。偷儒憚事,無廉恥而嗜乎飲食,則可謂惡少者矣;加愓悍而不順,險賊而不弟焉,則可謂不詳少者矣,雖陷刑戮可也。老老而壯者歸焉,不窮窮而通者積焉,行乎冥冥而施乎無報,而賢不肖一焉。人有此三行,雖有大過,天其不遂乎!

新字:端愨順弟,則可謂善少者矣;加好學遜敏焉,則有鈞無上,可以為君子者矣。偷儒憚事,無廉恥而嗜乎飲食,則可謂悪少者矣;加愓悍而不順,険賊而不弟焉,則可謂不詳少者矣,雖陥刑戮可也。老老而壮者歸焉,不窮窮而通者積焉,行乎冥冥而施乎無報,而賢不肖一焉。人有此三行,雖有大過,天其不遂乎!

書き下し

端愨順弟なれば、則ち善少者と謂うべし。加うるに学を好み遜敏ならば、則ち鈞しき有るも上無く、以て君子と為すべき者なり。偸儒にして事を憚り、廉恥無くして飲食を嗜まば、則ち悪少者と謂うべし。加うるに愓悍にして順ならず、険賊にして弟ならざれば、則ち不詳の少者と謂うべく、刑戮に陥ると雖も可なり。老を老として壮者帰し、窮を窮せずして通者積み、冥冥に行ないて無報に施し、而して賢不肖を一にす。人に此の三行有らば、大過有りと雖も、天其れ遂げざらんや。

現代語訳

まっすぐで誠実、素直で兄によく従うなら、よい若者と言ってよい。そのうえ学問を好み、へりくだって聡明であるなら、肩を並べる者はあっても、その上に出る者はなく、君子とするに足る人物である。ずるく怠けて仕事をいやがり、恥を知らず飲み食いにばかり心を寄せるなら、悪い若者と言ってよい。そのうえ乱暴で人に従わず、陰険で兄を敬わないなら、これはどうしようもない若者であり、刑罰を受けて処刑されても仕方がない。老人を老人として敬えば壮年の者が慕い集まり、困窮した人を見捨てず追いつめなければ、順調な立場の人々が寄り集まる。人目につかぬところでよい行ないをし、見返りのない相手にも施しをして、賢い者にも愚かな者にも同じように接する。人にこの三つの行ないがあれば、たとえ大きな過ちがあっても、天はその人を成し遂げさせずにおくだろうか。

解説

前半は若者の善し悪しを分ける基準です。誠実で素直なら、よい若者。さらに学問を好み、へりくだって聡明なら、君子と呼ぶに足る。逆に、怠けて仕事をいやがり、恥を知らず飲み食いにばかり気を取られるなら、悪い若者。そこに乱暴さと陰険さが加われば、手のつけようがない、と荀子は容赦がありません。後半では、天までが味方する三つの行ないが挙げられます。老人を敬うこと、困窮した人を追いつめないこと、そして人の見ていないところで善を行ない、見返りのない相手にも与え、賢い者にも愚かな者にも分け隔てなく接すること。共通しているのは、見返りが期待できない相手にどう振る舞うか、という一点です。人は、得になる相手には自然と丁寧になります。得にならない相手への態度にこそ、その人の中身が出る。これは今日の職場でも人間関係でも、そのまま通じる物差しです。

この一句を、あなたの毎日に。

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