荀子 / 修身篇
好法而行,士也;篤志而體,君子也;齊明而不竭,聖人也。人無法,則倀倀然;有法而無志其義,則渠渠然;依乎法,而又深其類,然後溫溫然。
新字:好法而行,士也;篤志而体,君子也;斉明而不竭,聖人也。人無法,則倀倀然;有法而無志其義,則渠渠然;依乎法,而又深其類,然後温温然。
書き下し
法を好みて行なうは、士なり。志を篤くして体するは、君子なり。斉明にして竭きざるは、聖人なり。人は法無ければ、則ち倀倀然たり。法有りて其の義を志らざれば、則ち渠渠然たり。法に依り、而して又た其の類を深くすれば、然る後に温温然たり。
現代語訳
手本となる法を好んでそのとおりに行なうのは、士である。志を厚くして、それをわが身に体現するのは、君子である。すみずみまで明らかで、その働きが尽きることがないのは、聖人である。人は依るべき法がなければ、行き先を見失ってさまようばかりである。法があっても、その法の意味するところを知らなければ、いつも不安でおどおどしている。法に依り、そのうえでその法の筋道や適用のはたらきまで深く理解してこそ、はじめてゆったりと落ち着いていられるのである。
解説
荀子は、修養の段階を三つに分けます。手本となる法を好んでそのとおりに実行できるのが士。志を厚くして、その法をわが身のものとして体現するのが君子。そして、すべてに通じて尽きることのないはたらきを持つのが聖人です。段階を上がるほど、外から与えられた型が、内から出てくるものへと変わっていくのがわかります。そのうえで荀子は、法との付き合い方を三つの状態で描きます。法がなければ、人は行き先を見失ってさまよう。法があっても意味がわからなければ、いつも不安でおどおどする。法に依り、その筋道まで深く理解して、ようやくゆったりと落ち着ける。マニュアルやルールも同じで、ただ従っているうちは窮屈ですが、なぜそうなっているのかまで腹に落ちると、応用が効いて心が軽くなります。型を覚え、意味を知り、身につける。この順序が学びの道筋です。