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荀子 / 勧学篇

南方有鳥焉,名曰蒙鳩,以羽為巢,而編之以髮,繫之葦苕,風至苕折,卵破子死。巢非不完也,所繫者然也。西方有木焉,名曰射干,莖長四寸,生於高山之上,而臨百仞之淵,木莖非能長也,所立者然也。蓬生麻中,不扶而直;白沙在涅,與之俱黑。蘭槐之根是為芷,其漸之滫,君子不近,庶人不服。其質非不美也,所漸者然也。

新字:南方有鳥焉,名曰蒙鳩,以羽為巣,而編之以髪,繫之葦苕,風至苕折,卵破子死。巣非不完也,所繫者然也。西方有木焉,名曰射干,茎長四寸,生於高山之上,而臨百仞之淵,木茎非能長也,所立者然也。蓬生麻中,不扶而直;白沙在涅,与之俱黒。蘭槐之根是為芷,其漸之滫,君子不近,庶人不服。其質非不美也,所漸者然也。

書き下し

南方に鳥有り、名を蒙鳩と曰う。羽を以て巣を為り、之を編むに髪を以てし、之を葦苕に繫ぐ。風至りて苕折れ、卵破れ子死す。巣完からざるに非ざるなり、繫ぐ所の者然らしむるなり。西方に木有り、名を射干と曰う。茎の長さ四寸、高山の上に生じて、百仞の淵に臨む。木茎能く長きに非ざるなり、立つ所の者然らしむるなり。蓬麻中に生ずれば、扶けずして直く、白沙涅に在れば、之と俱に黒し。蘭槐の根は是れ芷と為るも、之を滫に漸せば、君子も近づかず、庶人も服せず。其の質美ならざるに非ざるなり、漸す所の者然らしむるなり。

現代語訳

南方に蒙鳩という鳥がいる。羽で巣を作り、それを髪の毛で編んで、葦の穂先に結びつける。風が来ると穂が折れ、卵は割れ、雛は死ぬ。巣の作りが不完全なのではない。結びつけた場所がそうさせるのだ。西方に射干という草がある。茎の長さはわずか四寸なのに、高い山の上に生えて、百仞もの深い淵を見下ろす。茎が長いのではない。立っている場所がそうさせるのだ。蓬(よもぎ)も麻の中に生えれば、支えなくてもまっすぐ伸びる。白い砂も黒い土の中に入れば、一緒になって黒くなる。蘭槐の根は芷という香草になるが、これを汚水に浸せば、君子も近づかず、庶民も身につけない。その本質が美しくないのではない。浸したものがそうさせるのだ。

解説

環境が人を作る、という荀子の中心思想を、四つのたとえで畳みかける名段です。蒙鳩の巣は立派でも、結ぶ場所が悪ければ卵ごと落ちる。射干は小さくても高い山に立てば深い淵を見下ろす。よもぎは麻の中ではまっすぐ育ち、白い砂も黒土では黒くなる。香草さえ汚水に浸せば誰も近寄らない。どれも「素質の問題ではなく、どこに身を置くかの問題だ」と言っています。とりわけ「蓬、麻中に生ずれば、扶けずして直し」は、良い環境に身を置くだけで自然と正されていく、という教えとして有名です。裏を返せば、どんなに良い資質でも、置かれた場所が悪ければ台無しになる。私たちが「誰と、どこで過ごすか」を選ぶことの重みを、これほど鮮やかに突きつける文章はありません。

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