貞観政要 / 慎終
貞觀十四年,太宗謂侍臣曰:「平定天下,朕雖有其事,守之失圖,功業亦復難保。秦始皇初亦平六國,據有四海,及末年不能善守,實可為誡。公等宜念公忘私,則榮名高位,可以克終其美。」魏徵對曰:「臣聞之,戰勝易,守勝難。陛下深思遠慮,安不忘危,功業既彰,德教復洽,恒以此為政,宗社無由傾敗矣。」
新字:貞観十四年,太宗謂侍臣曰:「平定天下,朕雖有其事,守之失図,功業亦復難保。秦始皇初亦平六国,拠有四海,及末年不能善守,実可為誡。公等宜念公忘私,則栄名高位,可以克終其美。」魏徴対曰:「臣聞之,戦勝易,守勝難。陛下深思遠慮,安不忘危,功業既彰,徳教復洽,恒以此為政,宗社無由傾敗矣。」
書き下し
貞観十四年、太宗侍臣に謂いて曰く、「天下を平定するは、朕は其の事有りと雖も、之を守るに図を失わば、功業も亦復た保ち難し。秦の始皇は初め亦た六国を平らげ、四海を拠有す。末年に及び、善く守る能わず。実に誡と為すべし。公等宜しく公を念い私を忘るべし。則ち栄名高位、以て克く其の美を終うべし」と。魏徴対えて曰く、「臣は之を聞く、戦い勝つは易く、勝ちを守るは難し、と。陛下は深く思い遠く慮り、安きに危うきを忘れず。功業は既に彰れ、徳教は復た洽(あまね)し。恒に此を以て政を為さば、宗社の傾敗するに由無し」と。
現代語訳
貞観十四年、太宗が側近の臣に言った。「天下を平定したことは、私にその事跡があるとはいえ、守るのに方策を誤れば、功業もまた保ちがたい。秦の始皇帝も初めは六国を平らげ、四海を領有した。末年に至って、よく守れなかった。まことに戒めとすべきだ。諸君は公を念じて私を忘れよ。そうすれば栄誉ある名と高い位を、美しく全うできる」。魏徴が答えて言った。「臣はこう聞いております。戦って勝つのは易しく、勝ちを守るのは難しい、と。陛下は深く思い遠く慮り、安らかにあって危うきを忘れない。功業はすでに現れ、徳と教えも行き渡っています。常にこれをもって政治をされれば、国家が傾き敗れることはありません」。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・慎終貞観五年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古より帝王も亦た常には化する能わず。仮令(たと)い内安からば、必ず外擾有り。当今、遠夷は率服し、百穀は豊稔なり。盗賊は作(おこ)らず、内外は寧静なり。此れ朕一人の力に非ず。実に公等の共に相い匡輔するに由る。然れども安きに危うきを忘れず、治に乱を忘れず。今日、事無きを知ると雖も、亦た須らく其の終始を思うべし。常に此くの如きを得ば、始めて是れ貴ぶべきなり」と。魏徴対えて曰く、「古より已来、元首と股肱と備具する能わず。或いは時に君は聖と称せらるるも、臣は即ち賢ならず。或いは賢臣に遇うも、即ち聖主無し。今、陛下は明なり。所以に治を致す。向(も)し若し直だ賢臣有るのみにして、君は化を思わずんば、亦た益する所無し。天下は今、太平なりと雖も、臣等は猶お未だ以て喜と為さず。惟だ願わくは陛下、安きに居りて危うきを思い、孜孜として怠らざれ」と。
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貞観政要・慎終貞観十二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は書を読みて前王の善事を見る。皆な力行して倦まず。其の任用する所の公輩数人は、誠に以て賢と為す。然れども理を致すこと三・五の代に比すれば、猶お逮ばずと為す。何ぞや」と。魏徴対えて曰く、「今、四夷は賓服し、天下は事無し。誠に曠古の未だ有らざる所なり。然れども古より帝王の初めて位に即く者は、皆な精を励まして政を為し、跡を堯・舜に比せんと欲す。其の安楽なるに及ぶや、則ち驕奢放逸にして、能く其の善を終うる莫し。人臣の初めて任用せらるる者は、皆な主を匡し時を済(すく)い、縦(あと)を稷・契に追わんと欲す。其の富貴なるに及ぶや、則ち苟も官爵を全うせんことを思い、能く其の忠節を尽くす莫し。若し君臣をして常に懈怠無く、各々其の終わりを保たしめば、則ち天下は理まらざるを憂うる無く、自ら前古を超邁すべし」と。太宗曰く、「誠に卿の言の如し」と。
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貞観政要・刑法夫れ之を守るは則ち易く、之を取るは実に難し。既に能く其の難き所以を得たり。豈に其の易き所以を保つ能わざらんや。其れ或いは之を保つこと固からずんば、則ち驕奢淫泆の之を動かせばなり。終わりを慎むこと始めの如くす。勉めざるべけんや。『易』に曰く、「君子は安くして危うきを忘れず、存して亡ぶるを忘れず、治まりて乱るるを忘れず。是を以て身は安くして国家は保つべきなり」と。誠なるかな斯の言。以て深く察せざるべからざるなり。伏して惟うに、陛下の善を欲するの志は、昔時に減ぜず。過ちを聞きて必ず改むるは、曩日に少しく虧く。若し当今の無事を以て、疇昔の恭倹を行わば、則ち尽善尽美なり。固より得て称する無し。
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貞観政要・慎終伏して惟うに陛下、年は甫(はじ)めて弱冠にして、大いに横流を拯(すく)い、区宇を削平し、肇(はじ)めて帝業を開く。貞観の初め、時に方(まさ)に克壮なり。嗜欲を抑損し、躬ら節倹を行う。内外は康寧にして、遂に至治に臻(いた)る。功を論ずれば則ち湯・武も方(くら)ぶるに足らず。徳を語れば則ち堯・舜も未だ遠しと為さず。臣は左右に擢居せられてより、十有余年。帷幄に侍する毎に、屢々明旨を奉ず。常に仁義の道を許し、之を守りて失わず。倹約の志、終始して渝(かわ)らず。一言、邦を興すとは、斯れ之を謂うなり。徳音は耳に在り。敢えて之を忘れんや。而るに頃年より以来、稍(やや)曩志(のうし)に乖(そむ)き、敦朴の理、漸く克く終えず。謹んで聞く所を以て、之を左に列す。
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貞観政要・君道貞観十年、太宗侍臣に謂いて曰く、「帝王の業、草創と守成と孰(いず)れか難き」と。尚書左僕射房玄齢対えて曰く、「天地草昧(そうまい)にして、群雄競い起こる。攻め破りて乃ち降し、戦い勝ちて乃ち克つ。此に由りて之を言えば、草創を難しと為す」と。魏徴対えて曰く、「帝王の起こるや、必ず衰乱を承(う)く。彼の昏狡(こんこう)を覆し、百姓は推すを楽しみ、四海は命に帰す。天授け人与う。乃ち難しと為さず。然れども既に之を得たる後、志趣は驕逸し、百姓は静かならんことを欲するも徭役は休まず、百姓は雕残(ちょうざん)するも侈務(しむ)は息(や)まず。国の衰弊、恒に此に由りて起こる。斯(これ)を以て言えば、守成は則ち難し」と。太宗曰く、「玄齢は昔、我に従いて天下を定む。艱苦を脩(あまね)く嘗(な)め、万死に出でて一生に遇う。所以に草創の難きを見るなり。魏徴は我と天下を安んず。驕逸の端を生ずるを慮り、必ず危亡の地を践まんとす。所以に守成の難きを見るなり。今、草創の難きは、既已に往けり。守成の難き者は、当に公等と与に之を慎むことを思うべし」と。
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貞観政要・君道貞観十五年、太宗侍臣に謂いて曰く、「天下を守るは難きか易きか」と。侍中魏徴対えて曰く、「甚だ難し」と。太宗曰く、「賢能に任じ、諫諍を受くれば、即ち可なり。何ぞ難しと為すと謂うか」と。徴曰く、「古よりの帝王を観るに、憂危の間に在りては、則ち賢に任じ諫を受く。安楽に至るに及びては、必ず寛怠を懐(いだ)き、事を言う者は惟だ兢懼(きょうく)せしむ。日に陵(おか)され月に替(すた)れ、以て危亡に至る。聖人の居安思危する所以は、正に此が為なり。安くして能く懼るるは、豈に難しと為さざらんや」と。
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