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貞観政要 / 慎終

陛下貞觀之初,損己以利物,至於今日,縱欲以勞人,卑儉之跡歲改,驕侈之情日異。雖憂人之言不絕於口,而樂身之事實切於心。或時欲有所營,慮人致諫,乃云:「若不為此,不便我身。」人臣之情,何可復爭?此直意在杜諫者之口,豈曰擇善而行者乎?此其漸不克終三也。

新字:陛下貞観之初,損己以利物,至於今日,縦欲以労人,卑倹之跡歳改,驕侈之情日異。雖憂人之言不絶於口,而楽身之事実切於心。或時欲有所営,慮人致諫,乃云:「若不為此,不便我身。」人臣之情,何可復争?此直意在杜諫者之口,豈曰択善而行者乎?此其漸不克終三也。

書き下し

陛下は貞観の初め、己を損じて以て物を利す。今日に至りては、欲を縦にして以て人を労す。卑倹の跡は歳ごとに改まり、驕侈の情は日ごとに異なる。人を憂うるの言は口に絶えずと雖も、而して身を楽しましむるの事は実に心に切なり。或いは時に営む所有らんと欲し、人の諫を致すを慮り、乃ち云う、「若し此を為さずんば、我が身に便ならず」と。人臣の情、何ぞ復た争うべけんや。此れ直だ意は諫者の口を杜(ふさ)ぐに在り。豈に善を択びて行う者と曰わんや。此れ其の漸く克く終えざるの三なり。

現代語訳

陛下は貞観の初め、自らを損なって人を利しました。今日に至っては、欲をほしいままにして人を労している。質素の跡は年ごとに改まり、驕り奢る心は日ごとに変わる。人を憂える言葉は口を絶えませんが、身を楽しませることが実は心に切実です。時に造営しようとして、人が諫めることを慮り、こう仰る。「もしこれをしなければ、我が身に不便だ」と。臣下の情として、どうして争えましょう。これはただ、諫める者の口を塞ぐためです。善を択んで行う者と言えましょうか。これが、次第に終わりを全うできなくなっている第三です。

解説

太宗はかつて、自分の取り分を削ってでも人々を潤そうとしていました。それが今では、自分の欲望を満たすために人を働かせる側に回っています。質素な暮らしぶりは年を追うごとに崩れ、贅沢を望む心は日に日に強まっている。口では「民のことが心配だ」と言いながら、本音では自分が楽しみたいという思いのほうが強いのです。何か造営をしたいと思うと、諫められることを見越して、あらかじめ「これをしなければ自分の体に障る」と言ってしまう。健康や必要を持ち出されれば、家来はもう反論できません。魏徴は、これは善いことを選んで行っているのではなく、ただ反対の声を封じたいだけだと見抜きます。家庭でも「体のためだから」と言われれば、家族はそれ以上何も言えなくなることがあります。反論できない理由を先回りして用意するのは、話し合いではなく、口を塞ぐ行為にほかなりません。

この章句が説くこと

若不為此不便我身此直意在杜諫者之口反論封じの技術

この一句を、あなたの毎日に。

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