貞観政要 / 慎終
陛下貞觀之初,無為無欲,清靜之化,遠被遐荒。考之於今,其風漸墜,聽言則遠超於上聖,論事則未逾於中主。何以言之?漢文、晉武俱非上哲,漢文辭千里之馬,晉武焚雉頭之裘。今則求駿馬於萬里,市珍奇於域外,取怪於道路,見輕於戎狄,此其漸不克終一也。
新字:陛下貞観之初,無為無欲,清静之化,遠被遐荒。考之於今,其風漸墜,聴言則遠超於上聖,論事則未逾於中主。何以言之?漢文、晋武倶非上哲,漢文辞千里之馬,晋武焚雉頭之裘。今則求駿馬於万里,市珍奇於域外,取怪於道路,見軽於戎狄,此其漸不克終一也。
書き下し
陛下は貞観の初め、無為無欲なり。清静の化は、遠く遐荒に被る。之を今に考うるに、其の風は漸く墜つ。言を聴けば則ち遠く上聖に超ゆ。事を論ずれば則ち未だ中主を逾えず。何を以て之を言うや。漢の文・晋の武は倶に上哲に非ず。漢の文は千里の馬を辞し、晋の武は雉頭の裘を焚く。今は則ち駿馬を万里に求め、珍奇を域外に市(か)う。怪を道路に取り、軽んぜらるるを戎狄に見(あら)わす。此れ其の漸く克く終えざるの一なり。
現代語訳
陛下は貞観の初め、何もせず何も欲しませんでした。清らかで静かな教化は、遠く辺境まで及びました。今に照らせば、その風は次第に落ちています。言葉を聴けば、遠く聖人を超えている。しかし事を論じれば、平凡な君主を超えていません。なぜそう言うのか。漢の文帝と晋の武帝は、ともに最上の賢者ではありません。それでも漢の文帝は千里の馬を辞退し、晋の武帝は雉の頭の毛皮を焼きました。今は駿馬を万里の彼方に求め、珍宝を国外で買い求める。道行く人に怪しまれ、異民族に軽んじられている。これが、次第に終わりを全うできなくなっている第一です。
解説
「言葉を聴けば聖人を超えているが、いざ事を行えば並みの君主にも及ばない」。話す内容は立派なのに、実際の行いは並みだという、この隔たりこそが第一の指摘です。しかも引き合いに出される漢の文帝や晋の武帝は、決して最高の名君とはされない人物です。それでも文帝は献上された名馬を断り、武帝は珍しい毛皮の服を火にくべました。ところが今の太宗は、遠い異国まで駿馬を求めさせ、珍しい品を買い集めています。道行く人が首をかしげ、周りの国々から軽んじられているというのです。口では立派なことを言いながら、暮らしぶりでは贅沢を重ねる。これは家庭でも同じで、「無駄遣いはやめよう」と子どもに言いながら、自分だけ欲しい物を買い続ける親と変わりません。言葉と行いの差は、必ず周りに見抜かれるのです。
この章句が説くこと
聴言則遠超於上聖論事則未逾於中主求駿馬於万里言行の乖離
関連する章句
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貞観政要・慎終伏して惟うに陛下、年は甫(はじ)めて弱冠にして、大いに横流を拯(すく)い、区宇を削平し、肇(はじ)めて帝業を開く。貞観の初め、時に方(まさ)に克壮なり。嗜欲を抑損し、躬ら節倹を行う。内外は康寧にして、遂に至治に臻(いた)る。功を論ずれば則ち湯・武も方(くら)ぶるに足らず。徳を語れば則ち堯・舜も未だ遠しと為さず。臣は左右に擢居せられてより、十有余年。帷幄に侍する毎に、屢々明旨を奉ず。常に仁義の道を許し、之を守りて失わず。倹約の志、終始して渝(かわ)らず。一言、邦を興すとは、斯れ之を謂うなり。徳音は耳に在り。敢えて之を忘れんや。而るに頃年より以来、稍(やや)曩志(のうし)に乖(そむ)き、敦朴の理、漸く克く終えず。謹んで聞く所を以て、之を左に列す。
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貞観政要・慎終陛下は貞観の初め、己を損じて以て物を利す。今日に至りては、欲を縦にして以て人を労す。卑倹の跡は歳ごとに改まり、驕侈の情は日ごとに異なる。人を憂うるの言は口に絶えずと雖も、而して身を楽しましむるの事は実に心に切なり。或いは時に営む所有らんと欲し、人の諫を致すを慮り、乃ち云う、「若し此を為さずんば、我が身に便ならず」と。人臣の情、何ぞ復た争うべけんや。此れ直だ意は諫者の口を杜(ふさ)ぐに在り。豈に善を択びて行う者と曰わんや。此れ其の漸く克く終えざるの三なり。
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貞観政要・慎終陛下は初めて大位に登るや、高く居りて深く視る。事は惟れ清静。心に嗜欲無し。内は畢弋の物を除き、外は畋猟の源を絶つ。数載の後、志を固くする能わず。十旬の逸無しと雖も、或いは三駆の礼に過ぐ。遂に盤遊の娯しみをして、譏りを百姓に見(あら)わさしむ。鷹犬の貢、遠く四夷に及ぶ。或いは時に教習の処、道路は遥遠なり。晨を侵して出で、夜に入りて方(はじ)めて還る。馳騁を以て歓と為し、不虞の変を慮る莫し。事の測られざる、其れ救うべけんや。此れ其の漸く克く終えざるの七なり。
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貞観政要・慎終『書』に曰く、「無益を作して有益を害せずんば、功は乃ち成る。異物を貴びて用物を賤しまずんば、人は乃ち足る。犬馬は其の土性に非ざれば畜わず。珍禽奇獣は国に育(やしな)わず」と。陛下は貞観の初め、動もすれば堯・舜に遵う。金を捐(す)て璧を抵(なげう)ち、朴に反り淳に還る。頃年より以来、奇異を好尚す。得難きの貨は、遠しとして臻(いた)らざる無し。珍玩の作は、時として能く止まる無し。上は奢靡を好みて下の敦朴を望むは、未だ之れ有らざるなり。末作滋(ますま)す興りて、豊実を求む。其の得べからざること亦た已に明らかなり。此れ其の終に克く終えざるの五なり。
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貞観政要・慎終貞観の初め、賢を求むること渇するが如し。善人の挙ぐる所、信じて之に任じ、其の長ずる所を取る。恒に及ばざるを恐る。近歳より以来、心に由りて好悪す。或いは衆善挙げて之を用う。或いは一人毀りて之を棄つ。或いは積年任じて之を用う。或いは一朝疑いて之を遠ざく。夫れ行いに素履有り、事に成跡有り。毀る所の人、未だ必ずしも挙ぐる所より信ずべからず。積年の行いは、応(まさ)に一朝に頓(にわか)に失うべからず。君子の懐は、仁義を蹈みて大徳を弘む。小人の性は、讒佞を好みて以て身の謀と為す。陛下は其の根源を審察せずして、軽々しく之が臧否(ぞうひ)を為す。是れ道を守る者をして日々に疎ならしめ、幹求する者をして日々に進ましむ。所以に人は苟も免るるを思い、能く力を尽くす莫し。此れ其の漸く克く終えざるの六なり。
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