貞観政要 / 行幸
貞觀十三年,太宗謂魏徵等曰:「隋煬帝承文帝餘業,海內殷阜,若能常處關中,豈有傾敗?遂不顧百姓,行幸無期,徑往江都,不納董純、崔象等諫諍,身戮國滅,為天下笑。雖復帝祚長短,委以玄天,而福善禍淫,亦由人事。朕每思之,若欲君臣長久,國無危敗,君有違失,臣須極言。朕聞卿等規諫,縱不能當時即從,再三思審,必擇善而用之。」
新字:貞観十三年,太宗謂魏徴等曰:「隋煬帝承文帝余業,海内殷阜,若能常処関中,豈有傾敗?遂不顧百姓,行幸無期,径往江都,不納董純、崔象等諫諍,身戮国滅,為天下笑。雖復帝祚長短,委以玄天,而福善禍淫,亦由人事。朕毎思之,若欲君臣長久,国無危敗,君有違失,臣須極言。朕聞卿等規諫,縦不能当時即従,再三思審,必択善而用之。」
書き下し
貞観十三年、太宗魏徴等に謂いて曰く、「隋の煬帝は文帝の余業を承け、海内は殷阜なり。若し能く常に関中に処らば、豈に傾敗有らんや。遂に百姓を顧みず、行幸に期無く、径ちに江都に往く。董純・崔象等の諫諍を納れず。身は戮せられ国は滅び、天下の笑いと為る。復た帝祚の長短は、玄天に委すと雖も、而れども福善禍淫は、亦た人事に由る。朕は毎に之を思う。若し君臣長久にして、国に危敗無からんことを欲せば、君に違失有らば、臣は須らく極言すべし。朕は卿等の規諫を聞くに、縦い当時に即ち従う能わずとも、再三思審し、必ず善を択びて之を用いん」と。
現代語訳
貞観十三年、太宗が魏徴らに言った。「隋の煬帝は文帝の遺業を受け継ぎ、天下は豊かだった。もし常に関中にいられたなら、傾き敗れることがあっただろうか。ところが民を顧みず、行幸に期限もなく、まっすぐ江都へ行った。董純や崔象らの諫めを受け入れなかった。身は殺され国は滅び、天下の笑い者となった。帝位の長短は天に委ねるとはいえ、善に福あり淫に禍あるのは、人の行いによる。私はいつもこう思う。もし君臣が長く続き、国が危うく敗れないことを願うなら、君主に過ちがあれば、臣下は思い切って言うべきだ。私は諸君の諫めを聞いて、たとえその場で従えなくとも、二度三度と考え直し、必ず善を択んで用いよう」。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・行幸貞観十二年、太宗東のかた巡狩し、将に洛に入らんとす。顕仁宮に次(やど)る。宮苑の官司、多く責罰を被る。侍中魏徴進言して曰く、「陛下、今、洛州に幸す。是れ旧の征行の処なるが為に、其の安定を庶(こいねが)い、故に恩を故老に加えんと欲す。城郭の民は未だ徳恵を蒙らず。官司苑監は多く罪辜に及ぶ。或いは供奉の物の精ならざるを以てし、又た献食を為さざるを以てす。此れ則ち止足を思わず、志は奢靡に在り。既に行幸の本心に乖く。何を以て百姓の望む所に副わんや。隋主は先に下に命じて多く献食を作らしむ。献食多からずんば、則ち威罰有り。上の好む所は、下必ず甚だしき有り。競いて無限を為し、遂に滅亡に至る。此れ載籍の聞く所に非ず。陛下の目に親しく見る所なり。其の無道なるが為に、故に天は陛下に命じて之に代わらしむ。当に戦戦栗栗として、事毎に省約し、蹤を前列に参じ、子孫に昭訓すべし。奈何ぞ今日、人の下に在らんと欲するや。陛下若し以て足れりと為さば、今日啻(ただ)に足るのみならず。若し以て足らずと為さば、此に万倍するも、亦た足らざるなり」と。太宗大いに驚きて曰く、「公に非ずんば、朕は此の言を聞かず。今より已後、庶幾(ちか)くは此くの如き事無からん」と。
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貞観政要・行幸貞観の初め、太宗侍臣に謂いて曰く、「隋の煬帝は広く宮室を造り、以て行幸を肆(ほしいまま)にす。西京より東都に至るまで、離宮別館は、道次に相い望む。乃ち并州・涿郡に至るまで、悉く然らざる無し。馳道は皆な広きこと数百歩。樹を種えて以て其の傍を飾る。人力は堪えず、相い聚まりて賊と為る。末年に逮(およ)び至りて、尺土一人も、復た己が有に非ず。此を以て之を観れば、宮室を広くし、行幸を好むは、竟に何の益か有らん。此れ皆な朕が耳の聞く所、目の見る所なり。深く以て自ら誡む。故に敢えて軽々しく人力を用いず。惟だ百姓をして安静ならしめ、怨叛有らざらしむるのみ」と。
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貞観政要・行幸貞観十一年、太宗洛陽宮に幸し、舟を積翠池に泛(うか)ぶ。顧みて侍臣に謂いて曰く、「此の宮観台沼は並びに煬帝の為す所なり。所謂る生民を駆役し、此の雕麗を窮む。復た此の一都を守る能わず、万民を以て慮と為さず。行幸を好みて息(や)まず。民の堪えざる所なり。昔、詩人云う、『何の草か黄ならざる。何の日か行かざる』『小東大東、杼軸(ちょじく)其れ空し』と。正に此を謂うなり。遂に天下をして怨叛せしめ、身は死し国は滅ぶ。今、其の宮苑は尽く我が有と為る。隋氏の傾覆する者は、豈に惟だ其の君の無道なるのみならんや。亦た股肱の良無きに由る。宇文述・虞世基・裴蘊の徒の如きは、高官に居り、厚禄を食み、人の委任を受くるも、惟だ諂佞を行い、聡明を蔽塞す。其の国をして危うき無からしめんと欲するも、得べからざるなり」と。司空長孫無忌奏言す、「隋氏の亡ぶるは、其の君は則ち忠讜の言を杜塞し、臣は則ち苟も自ら全うせんと欲す。左右に過ち有るも、初めより糾挙せず。寇盗滋蔓するも、亦た実に陳べず。此に拠らば、即ち惟だ天道のみならず、実に君臣の相い匡弼せざるに由る」と。太宗曰く、「朕と卿等と其の余弊を承く。惟だ須らく道を弘め風を移し、万世をして永く頼らしむべし」と。
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貞観政要・君臣鑑戒貞観三年、太宗侍臣に謂いて曰く、「君臣は本と治乱を同じくし、安危を共にす。若し主は忠諫を納れ、臣は直言を進めば、斯れ故に君臣は契を合わす。古来重んずる所なり。若し君自ら賢とし、臣匡正せずんば、危亡せざらんと欲するも、得べからざるなり。君其の国を失えば、臣も亦た独り其の家を全うする能わず。隋の煬帝の暴虐に至るが如きは、臣下は口を鉗ざす。卒に其の過ちを聞かざらしめ、遂に滅亡に至る。虞世基等も尋いで亦た誅死せり。前事遠からず。朕と卿等と、慎まざるを得べけんや。後の嗤う所と為る無かれ」と。
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貞観政要・倹約貞観四年、太宗侍臣に謂いて曰く、「宮宇を崇飾し、池台に遊賞するは、帝王の欲する所、百姓の欲せざる所なり。帝王の欲する所の者は放逸、百姓の欲せざる所の者は労弊なり。孔子云う、『一言にして以て終身之を行うべき者有るか。其れ恕か。己の欲せざる所、人に施す勿かれ』と。労弊の事は、誠に百姓に施すべからず。朕は尊きこと帝王と為り、富は四海を有す。事毎に己に由る。誠に能く自ら節せん。若し百姓の欲せずんば、必ず能く其の情に順わん」と。魏徴曰く、「陛下は本と百姓を憐れみ、毎に己を節して以て人に順う。臣聞く、『欲を以て人に従う者は昌え、人を以て己を楽しましむる者は亡ぶ』と。隋の煬帝は志は無厭に在り、惟だ奢侈を好む。所司、供奉営造有る毎に、小しく意に称(かな)わずんば、則ち峻罰厳刑有り。上の好む所は、下必ず甚だしき有り。競いて無限を為し、遂に滅亡に至る。此れ書籍の伝うる所に非ず。亦た陛下の目に親しく見る所なり。其の無道なるが為に、故に天は陛下に命じて之に代わらしむ。陛下若し以て足れりと為さば、今日啻(ただ)に足るのみならず。若し以て足らずと為さば、更に万倍此に過ぐるも、亦た足らず」と。太宗曰く、「公の奏対する所は甚だ善し。公に非ずんば、朕安くんぞ此の言を聞くを得んや」と。
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貞観政要・求諫太宗の威容は儼粛(げんしゅく)なり。百僚の進見する者、皆な其の挙措を失う。太宗其の此くの若きを知り、人の事を奏するを見る毎に、必ず顔色を假(か)し、諫諍を聞き、政教の得失を知らんことを冀(こいねが)う。貞観の初め、嘗て公卿に謂いて曰く、「人自ら照らさんと欲せば、必ず明鏡を須(もち)う。主過ちを知らんと欲せば、必ず忠臣に藉(よ)る。主若し自ら賢とし、臣匡正せずんば、危敗せざらんと欲するも、豈に得べけんや。故に君其の国を失えば、臣も亦た独り其の家を全うする能わず。隋の煬帝の暴虐に至りては、臣下は口を鉗(と)ざす。卒(つい)に其の過ちを聞かざらしめ、遂に滅亡に至る。虞世基等も、尋いで亦た誅死せり。前事遠からず。公等、事の人に不利なる有るを看る毎に、必ず須らく極言して規諫すべし」と。
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