貞観政要 / 征伐
竊見頃年以來,力役兼總,東有遼海之軍,西有昆丘之役,士馬疲於甲胄,舟車倦於轉輸。且召募役戍,去留懷死生之痛,因風阻浪,人米有漂溺之危。一夫力耕,年無數十之獲;一船致損,則傾覆數百之糧。是猶運有盡之農功,填無窮之巨浪;圖未獲之他眾,喪已成之我軍。雖除兇伐暴,有國常規,然黷武玩兵,先哲所戒。昔秦皇並吞六國,反速危禍之基;晉武奄有三方,翻成覆敗之業。豈非矜功恃大,棄德輕邦,圖利忘害,肆情縱欲?遂使悠悠六合,雖廣不救其亡;嗷嗷黎庶,因弊以成其禍。是知地廣非常安之術,人勞乃易亂之源。願陛下布澤流人,矜弊恤乏,減行役之煩。增雨露之惠。
新字:窃見頃年以来,力役兼総,東有遼海之軍,西有昆丘之役,士馬疲於甲胄,舟車倦於転輸。且召募役戍,去留懐死生之痛,因風阻浪,人米有漂溺之危。一夫力耕,年無数十之獲;一船致損,則傾覆数百之糧。是猶運有尽之農功,填無窮之巨浪;図未獲之他衆,喪已成之我軍。雖除兇伐暴,有国常規,然黷武玩兵,先哲所戒。昔秦皇並呑六国,反速危禍之基;晋武奄有三方,翻成覆敗之業。豈非矜功恃大,棄徳軽邦,図利忘害,肆情縦欲?遂使悠悠六合,雖広不救其亡;嗷嗷黎庶,因弊以成其禍。是知地広非常安之術,人労乃易乱之源。願陛下布沢流人,矜弊恤乏,減行役之煩。增雨露之恵。
書き下し
窃かに見るに、頃年より以来、力役は兼総す。東に遼海の軍有り、西に昆丘の役有り。士馬は甲冑に疲れ、舟車は転輸に倦む。且つ召募役戍は、去留に死生の痛みを懐く。風に因り浪に阻まれ、人と米とに漂溺の危有り。一夫、力めて耕すも、年に数十の獲無し。一船、損を致さば、則ち数百の糧を傾覆す。是れ猶お尽くる有るの農功を運びて、窮まり無きの巨浪を填(うず)むるがごとし。未だ獲ざるの他衆を図りて、已に成れるの我が軍を喪う。凶を除き暴を伐つは、国を有つの常規なりと雖も、然れども武を黷(けが)し兵を玩ぶは、先哲の戒むる所なり。昔、秦皇は六国を並吞す。反って危禍の基を速(まね)く。晋武は三方を奄有す。翻って覆敗の業を成す。豈に功を矜り大を恃み、徳を棄て邦を軽んじ、利を図りて害を忘れ、情を肆にし欲を縦にするに非ずや。遂に悠悠たる六合をして、広しと雖も其の亡を救わず、嗷嗷たる黎庶をして、弊に因りて以て其の禍を成さしむ。是れ知る、地の広きは常安の術に非ず、人の労するは乃ち乱れ易きの源なり。願わくは陛下、沢を布き人に流し、弊を矜れみ乏を恤(あわ)れみ、行役の煩を減じ、雨露の恵を増せ。
現代語訳
ひそかに見ますに、近年以来、労役が重なっています。東に遼東の軍があり、西に昆丘の役がある。兵と馬は甲冑に疲れ、舟と車は輸送に倦んでいます。それに徴募された者は、去るも留まるも生死の痛みを抱く。風に流され波に阻まれ、人も米も溺れる危険がある。一人が懸命に耕しても、年に数十石も収穫できない。一隻の船が沈めば、数百石の糧を失う。これは限りある農作の成果を運んで、限りない大波を埋めるようなものです。まだ得ていない他国の民を図って、すでに成った我が軍を失う。悪を除き暴を討つのは国家の常道ですが、武を汚し兵を弄ぶのは、先の賢者の戒めるところです。昔、秦の始皇帝は六国を併呑しましたが、かえって危機の基を招きました。晋の武帝は三方を有しましたが、かえって覆滅の業を成しました。功を誇り大を恃み、徳を捨て国を軽んじ、利を図って害を忘れ、情と欲をほしいままにしたからではありませんか。ついに広大な天下も、その滅亡を救えず、嘆く民は疲弊によって禍を成しました。ここから、領土の広さは常なる安泰の術ではなく、人の労苦こそ乱れやすい源だと分かります。願わくは陛下、恵みを人に流し、疲れを憐れみ乏しきを恤み、労役の煩わしさを減らし、雨露の恵みを増してください。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
貞観政要・奢縦今、百姓は喪乱の後を承け、隋の時に比すれば才(わず)かに十分の一なり。而して官の徭役に供すること、道路に相い継ぐ。兄去りて弟還り、首尾絶えず。遠き者は往来五六千里。春秋冬夏、略ぼ休む時無し。陛下は恩詔有りて、其の減省を令する毎に、而れども有司の作は既に廃せず。自然に人を須(もと)む。徒らに文書を行い、之を役すること故(もと)の如し。臣は毎に訪問す、四五年来、百姓は頗る怨嗟の言有り。陛下の之を存養せざるを以てなり。昔、唐堯は茅茨土階、夏禹は悪衣菲食。此くの如きの事は、臣は復た今に行うべからざるを知る。漢の文帝は百金の費を惜しみ、露台の役を輟(や)む。上書の囊を集めて以て殿帷と為す。幸する所の夫人は衣は地を曳かず。景帝に至りては、錦繡綦組(きそ)の女工を妨害するを以て、特に詔して之を除く。百姓の安楽なる所以なり。孝武帝に至りては、奢を窮め侈を極むと雖も、而れども文・景の遺徳を承く。故に人心動かず。向(も)し高祖の後に即ち武帝有らしめば、天下は必ず全うする能わざらん。此れ時代に於て差(やや)近し。事跡は見るべし。今、京師及び益州の諸処に営造供奉する器物、並びに諸王妃主の服飾は、議する者は皆な以て倹と為さず。臣聞く、昧旦に丕(おお)いに顕るるも、後世は猶お怠る。法を理に作るも、其の弊は猶お乱る、と。陛下は少(わか)くして民間に処り、百姓の辛苦を知る。前代の成敗は、目に親しく見る所なり。尚お猶お此くの如し。而して皇太子は深宮に生長し、外事を更(へ)ず。即ち万歳の後、固より聖慮の当に憂うべき所なり。
-
貞観政要・奢縦往者、貞観の初め、率土は霜倹なり。一匹の絹は才かに粟一斗を得たり。而して天下は帖然たり。百姓は陛下の甚だ之を憂憐するを知る。故に人人自ら安んじ、曾て謗讟無し。五六年より来、頻歳豊稔なり。一匹の絹は十余石の粟を得たり。而して百姓は皆な陛下の之を憂憐せざるを以て、咸な怨言有り。又た今、営為する所の者、頗る不急の務多きが故なり。古より以来、国の興亡は蓄積の多少に由らず、惟だ百姓の苦楽に在り。且つ近事を以て之を験するに、隋家は洛口倉に貯う。而して李密之に因る。東京に布帛を積む。王世充之に拠る。西京の府庫も亦た国家の用と為る。今に至るまで未だ尽きず。向(も)し洛口・東都に粟帛無からしめば、即ち世充・李密は未だ必ずしも能く大衆を聚めざらん。但だ貯積する者は固より是れ国の常事なり。要は当に人に余力有りて而る後に之を収むべし。若し人は労して強いて之を斂めば、竟に以て寇に資す。之を積むも益無きなり。然れども倹以て人を息(やす)ましむるは、貞観の初め、陛下已に躬ら之を為す。故に今、之を行うも難からざるなり。之を為すこと一日ならば、則ち天下之を知り、式(もっ)て歌い且つ舞わん。若し人は既に労し、而して之を用いて息(や)まずんば、倘(も)し中国が水旱の災を被り、辺方に風塵の警有り、狂狡之に因りて窃発せば、則ち測るべからざるの事有らん。徒らに聖躬の旰食晏寝するのみに非ざるなり。若し陛下の聖明を以て、誠に精を励まして政を為さんと欲せば、遠く上古の術を求むるを煩わさず。但だ貞観の初めに及ばば、則ち天下幸甚なり。
-
貞観政要・納諫陛下は智は万物に周(あまね)く、四海を囊括す。令の行う所、何くに往くとして応ぜざらん。志の欲する所、何事か従わざらん。微臣窃かに思うに、秦の始皇の君為るや、周室の余を藉り、六国の盛に因る。将に之を万葉に貽(のこ)さんとせしも、其の子に及びて亡ぶ。諒(まこと)に嗜を逞しくし欲に奔り、天に逆らい人を害するに由るなり。是を以て知る、天下は力を以て勝つべからず、神祇は親(みずか)ら恃むべからざるを。惟だ当に倹約を弘(ひろ)め、賦斂を薄くし、終始を慎むべし。以て永く固くすべし。
-
貞観政要・征伐臣聞く、兵は戢(おさ)めざるを悪み、武は戈を止むるを貴ぶ、と。当今、聖化の覃(およ)ぶ所、遠しとして暨(いた)らざる無し。上古の臣とせざる所の者、陛下は皆な能く之を臣とす。制せざる所の者、皆な能く之を制す。詳らかに古今を観るに、中国の患害と為るは、突厥に過ぐるは無し。遂に能く坐して神策を運らし、殿堂を下らずして、大小の可汗、相い次いで手を束ぬ。禁衛を分典し、戟を執りて行間にあり。其の後、延陀は鴟張す。尋いで夷滅に就く。鉄勒は義を慕い、州県を置かんことを請う。沙漠已北、万里に塵無し。高昌の流沙に叛渙し、吐渾の積石に首鼠するが如きに至りては、偏師もて薄伐し、倶に平蕩に従う。高麗は歴代誅を逋(のが)れ、能く討撃する莫し。陛下は其の逆乱、主を殺し人を虐ぐるを責め、親ら六軍を総べ、罪を遼碣に問う。未だ旬日を経ずして、即ち遼東を抜く。前後の虜獲、数十万を計る。諸州に分配し、満たざる処無し。往代の宿恥を雪ぎ、崤陵の枯骨を掩う。功を比べ徳を校ぶるに、前王に万倍す。此れ聖主の自ら知る所なり。微臣安くんぞ敢えて備さに説かんや。
-
貞観政要・征伐『周易』に曰く、「進むを知りて退くを知らず、存するを知りて亡ぶるを知らず、得るを知りて喪うを知らず」と。又た曰く、「進退存亡を知りて、其の正を失わざる者は、其れ惟だ聖人のみか」と。此に由りて之を言えば、進むに退くの義有り、存するに亡ぶるの機有り、得るに喪うの理有り。老臣の陛下の為に之を惜しむ所以の者は、蓋し此を謂うなり。『老子』に曰く、「足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆(あや)うからず」と。臣謂えらく、陛下の威名功徳は、亦た足れりとすべし。地を拓き疆を開くは、亦た止むべし。彼の高麗なる者は、辺夷の賤類なり。侍するに仁義を以てするに足らず、責むるに常理を以てすべからず。古来、魚鱉を以て之を畜(か)う。宜しく闊略に従うべし。必ず其の種類を絶たんと欲せば、深く恐る、獣窮まれば則ち搏(う)つを。且つ陛下は死囚を決する毎に、必ず三覆五奏せしめ、素食を進め、音楽を停むる者は、蓋し人命の重んずる所を以て、聖慈を感動すればなり。況んや今、兵士の徒は、一の罪戻無し。故無くして之を戦陣の間に駆り、之を鋒刃の下に委ぬ。肝脳をして地に塗(まみ)れ、魂魄をして帰する無からしむ。其の老父・孤児、寡妻・慈母をして、轊車(えいしゃ)を望みて掩泣し、枯骨を抱きて心を摧かしむ。陰陽を変動し、和気を感傷するに足る。実に天下の冤痛なり。且つ兵は凶器、戦は危事なり。已むを得ずして之を用う。向(さき)に高麗をして臣節を違失せしめて、陛下之を誅するは可なり。百姓を侵擾せば、而して陛下之を滅ぼすは可なり。久長にして能く中国の患いを為さば、而して陛下之を除くは可なり。一も此に有らば、日に万夫を殺すと雖も、愧と為すに足らず。今、此の三条無し。坐して中国を煩わす。内は旧主の為に怨みを雪ぎ、外は新羅の為に仇に報ゆ。豈に存する所の者は小にして、損する所の者は大なるに非ずや。
-
貞観政要・征伐貞観已来、二十有余載。風は調い雨は順い、年は登り歳は稔る。人に水旱の弊無く、国に饑饉の災無し。昔、漢の武帝は、守文の常主なり。猶お刻玉の符に登る。斉の桓公は、小国の庸君なり。尚お泥金の事を塗る。望むらくは陛下、功を推して己を損じ、徳を譲りて居らざれ。億兆は心を傾くるも、猶お告成の礼を闕(か)く。雲・亭は謁を佇(ま)つも、未だ升中の儀を展べず。此の功徳は、以て百王を咀嚼し、千代を網羅するに足る者なり。然れども古人に云える有り、「休(よ)しと雖も休しとする勿かれ」と。良に以有るなり。初めを守り末を保つは、聖哲も罕(まれ)に兼ぬ。是れ知る、業の大なる者は驕り易し。願わくは陛下、之を難しとせよ。善く始むる者は終わり難し。願わくは陛下、之を易しとせよ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る