貞観政要 / 征伐
願陛下遵皇祖老子止足之誡,以保萬代巍巍之名。發霈然之恩,降寬之大詔,順陽春以布澤,許高麗以自新,焚淩波之船,罷應募之眾,自然華夷慶賴,遠肅邇安。臣老病三公,朝夕入地,所恨竟無塵露,微增海嶽。謹罄殘魂餘息,豫代結草之誠。倘蒙錄此哀鳴,即臣死骨不朽。
新字:願陛下遵皇祖老子止足之誡,以保万代巍巍之名。発霈然之恩,降寛之大詔,順陽春以布沢,許高麗以自新,焚淩波之船,罷応募之衆,自然華夷慶頼,遠粛邇安。臣老病三公,朝夕入地,所恨竟無塵露,微增海嶽。謹罄残魂余息,予代結草之誠。倘蒙録此哀鳴,即臣死骨不朽。
書き下し
願わくは陛下、皇祖老子の止足の誡に遵い、以て万代巍巍の名を保て。霈然(はいぜん)の恩を発し、寛の大詔を降し、陽春に順いて以て沢を布き、高麗に自新を許し、淩波の船を焚き、応募の衆を罷めよ。自然に華夷は慶賴し、遠は肅(つつし)み邇(ちか)きは安からん。臣は老病の三公なり。朝夕に地に入らん。恨むらくは竟に塵露の微も海嶽に増す無きことを。謹んで残魂余息を罄(つ)くし、豫(あらかじ)め結草の誠に代う。倘(も)し此の哀鳴を録するを蒙らば、即ち臣は死すとも骨は朽ちず。
現代語訳
願わくは陛下、皇祖である老子の「足るを知り止まる」という戒めに従い、万代にわたる大いなる名を保ってください。豊かな恵みを発し、寛大な詔を下し、春の陽に順って恩沢を布き、高句麗に改めることを許し、渡海の船を焼き、募った兵を解散してください。自然に内外は慶び頼り、遠くは慎み近くは安らぐでしょう。臣は老いて病んだ三公です。朝夕に地に入ろうとしています。恨むらくは、ついに塵や露ほども、海や山に加えられなかったことです。謹んで残る魂と息を尽くし、あらかじめ草を結んで恩に報いる誠に代えます。もしこの哀しい鳴き声を記録していただけるなら、臣は死んでも骨は朽ちません。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・征伐『周易』に曰く、「進むを知りて退くを知らず、存するを知りて亡ぶるを知らず、得るを知りて喪うを知らず」と。又た曰く、「進退存亡を知りて、其の正を失わざる者は、其れ惟だ聖人のみか」と。此に由りて之を言えば、進むに退くの義有り、存するに亡ぶるの機有り、得るに喪うの理有り。老臣の陛下の為に之を惜しむ所以の者は、蓋し此を謂うなり。『老子』に曰く、「足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆(あや)うからず」と。臣謂えらく、陛下の威名功徳は、亦た足れりとすべし。地を拓き疆を開くは、亦た止むべし。彼の高麗なる者は、辺夷の賤類なり。侍するに仁義を以てするに足らず、責むるに常理を以てすべからず。古来、魚鱉を以て之を畜(か)う。宜しく闊略に従うべし。必ず其の種類を絶たんと欲せば、深く恐る、獣窮まれば則ち搏(う)つを。且つ陛下は死囚を決する毎に、必ず三覆五奏せしめ、素食を進め、音楽を停むる者は、蓋し人命の重んずる所を以て、聖慈を感動すればなり。況んや今、兵士の徒は、一の罪戻無し。故無くして之を戦陣の間に駆り、之を鋒刃の下に委ぬ。肝脳をして地に塗(まみ)れ、魂魄をして帰する無からしむ。其の老父・孤児、寡妻・慈母をして、轊車(えいしゃ)を望みて掩泣し、枯骨を抱きて心を摧かしむ。陰陽を変動し、和気を感傷するに足る。実に天下の冤痛なり。且つ兵は凶器、戦は危事なり。已むを得ずして之を用う。向(さき)に高麗をして臣節を違失せしめて、陛下之を誅するは可なり。百姓を侵擾せば、而して陛下之を滅ぼすは可なり。久長にして能く中国の患いを為さば、而して陛下之を除くは可なり。一も此に有らば、日に万夫を殺すと雖も、愧と為すに足らず。今、此の三条無し。坐して中国を煩わす。内は旧主の為に怨みを雪ぎ、外は新羅の為に仇に報ゆ。豈に存する所の者は小にして、損する所の者は大なるに非ずや。
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貞観政要・征伐貞観二十二年、太宗将に重ねて高麗を討たんとす。是の時、房玄齢は寝疾増劇す。顧みて諸子に謂いて曰く、「当今、天下は清謐にして、咸な其の宜しきを得たり。惟だ東のかた高麗を討たんと欲するのみ、主に国害と為る。吾は知りて言わずんば、恨みを銜(ふく)みて地に入ると謂うべし」と。遂に表を上りて諫めて曰く、
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貞観政要・征伐臣聞く、兵は戢(おさ)めざるを悪み、武は戈を止むるを貴ぶ、と。当今、聖化の覃(およ)ぶ所、遠しとして暨(いた)らざる無し。上古の臣とせざる所の者、陛下は皆な能く之を臣とす。制せざる所の者、皆な能く之を制す。詳らかに古今を観るに、中国の患害と為るは、突厥に過ぐるは無し。遂に能く坐して神策を運らし、殿堂を下らずして、大小の可汗、相い次いで手を束ぬ。禁衛を分典し、戟を執りて行間にあり。其の後、延陀は鴟張す。尋いで夷滅に就く。鉄勒は義を慕い、州県を置かんことを請う。沙漠已北、万里に塵無し。高昌の流沙に叛渙し、吐渾の積石に首鼠するが如きに至りては、偏師もて薄伐し、倶に平蕩に従う。高麗は歴代誅を逋(のが)れ、能く討撃する莫し。陛下は其の逆乱、主を殺し人を虐ぐるを責め、親ら六軍を総べ、罪を遼碣に問う。未だ旬日を経ずして、即ち遼東を抜く。前後の虜獲、数十万を計る。諸州に分配し、満たざる処無し。往代の宿恥を雪ぎ、崤陵の枯骨を掩う。功を比べ徳を校ぶるに、前王に万倍す。此れ聖主の自ら知る所なり。微臣安くんぞ敢えて備さに説かんや。
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貞観政要・征伐窃かに見るに、頃年より以来、力役は兼総す。東に遼海の軍有り、西に昆丘の役有り。士馬は甲冑に疲れ、舟車は転輸に倦む。且つ召募役戍は、去留に死生の痛みを懐く。風に因り浪に阻まれ、人と米とに漂溺の危有り。一夫、力めて耕すも、年に数十の獲無し。一船、損を致さば、則ち数百の糧を傾覆す。是れ猶お尽くる有るの農功を運びて、窮まり無きの巨浪を填(うず)むるがごとし。未だ獲ざるの他衆を図りて、已に成れるの我が軍を喪う。凶を除き暴を伐つは、国を有つの常規なりと雖も、然れども武を黷(けが)し兵を玩ぶは、先哲の戒むる所なり。昔、秦皇は六国を並吞す。反って危禍の基を速(まね)く。晋武は三方を奄有す。翻って覆敗の業を成す。豈に功を矜り大を恃み、徳を棄て邦を軽んじ、利を図りて害を忘れ、情を肆にし欲を縦にするに非ずや。遂に悠悠たる六合をして、広しと雖も其の亡を救わず、嗷嗷たる黎庶をして、弊に因りて以て其の禍を成さしむ。是れ知る、地の広きは常安の術に非ず、人の労するは乃ち乱れ易きの源なり。願わくは陛下、沢を布き人に流し、弊を矜れみ乏を恤(あわ)れみ、行役の煩を減じ、雨露の恵を増せ。
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貞観政要・征伐太宗表を見て、嘆じて曰く、「此の人、危篤なること此くの如し。尚お能く我が国家を憂う」と。諫は従われずと雖も、終に善策と為す。
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貞観政要・規諫太子小臣の愚鄙を以て、不赀(ふし)の恩栄を忝(かたじけな)くす。無庸を草沢に擢(ぬきん)で、陋質を簪纓に齒す。大道行われて両儀泰(やす)きに遇い、元良会して万国貞なるを喜ぶ。監撫の暇多きを以て、講論する毎に肅(つつし)みて成る。仰ぎ惟うに神の敏速なる、将聖の聡明を歎ず。賢を秋実に礼してより、道を春卿に帰するに足る。芳年淑景、時和し気清し。華殿は邃(ふか)くして簾幃は静かなり。灌木は森として風雲は軽し。花は香を飄(ひるがえ)して笑日を動かし、嬌鶯は囀(さえず)りて相い哀鳴す。物華の繁靡なるを以て、尚お思いを将迎に絶つ。猶お允(まこと)に蹈みて倦まず、耽玩を極めて研精す。庸才に命じて筆を載せしめ、藻を天庭に摛(の)ぶるを謝す。洞簫の娯侍に異なり、飛蓋の縁情に殊なり。雅言を闕(か)きて以て徳を讃う。恩に報いんことを思いて生を軽んず。敢えて下拝して稽首し、永く風声を樹てんことを願う。皇霊の遐寿を奉じ、振古の鴻名に冠たらんことを。
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