貞観政要 / 征伐
臣聞兵惡不戢,武貴止戈。當今聖化所覃,無遠不暨。上古所不臣者,陛下皆能臣之;所不制者,皆能制之。詳觀古今,為中國患害,無過突厥。遂能坐運神策,不下殿堂,大小可汗,相次束手,分典禁衛,執戟行間。其後延陀鴟張,尋就夷滅,鐵勒慕義,請置州縣,沙漠已北,萬里無塵。至如高昌叛渙於流沙,吐渾首鼠於積石,偏師薄伐,俱從平蕩。高麗歷代逋誅,莫能討擊。陛下責其逆亂,殺主虐人,親總六軍,問罪遼碣。未經旬日,即拔遼東,前後虜獲,數十萬計,分配諸州,無處不滿。雪往代之宿恥,掩崤陵之枯骨,比功校德,萬倍前王。此聖主所自知,微臣安敢備說。
新字:臣聞兵悪不戢,武貴止戈。当今聖化所覃,無遠不暨。上古所不臣者,陛下皆能臣之;所不制者,皆能制之。詳観古今,為中国患害,無過突厥。遂能坐運神策,不下殿堂,大小可汗,相次束手,分典禁衛,執戟行間。其後延陀鴟張,尋就夷滅,鉄勒慕義,請置州県,沙漠已北,万里無塵。至如高昌叛渙於流沙,吐渾首鼠於積石,偏師薄伐,倶従平蕩。高麗歴代逋誅,莫能討撃。陛下責其逆乱,殺主虐人,親総六軍,問罪遼碣。未経旬日,即抜遼東,前後虜獲,数十万計,分配諸州,無処不満。雪往代之宿恥,掩崤陵之枯骨,比功校徳,万倍前王。此聖主所自知,微臣安敢備説。
書き下し
臣聞く、兵は戢(おさ)めざるを悪み、武は戈を止むるを貴ぶ、と。当今、聖化の覃(およ)ぶ所、遠しとして暨(いた)らざる無し。上古の臣とせざる所の者、陛下は皆な能く之を臣とす。制せざる所の者、皆な能く之を制す。詳らかに古今を観るに、中国の患害と為るは、突厥に過ぐるは無し。遂に能く坐して神策を運らし、殿堂を下らずして、大小の可汗、相い次いで手を束ぬ。禁衛を分典し、戟を執りて行間にあり。其の後、延陀は鴟張す。尋いで夷滅に就く。鉄勒は義を慕い、州県を置かんことを請う。沙漠已北、万里に塵無し。高昌の流沙に叛渙し、吐渾の積石に首鼠するが如きに至りては、偏師もて薄伐し、倶に平蕩に従う。高麗は歴代誅を逋(のが)れ、能く討撃する莫し。陛下は其の逆乱、主を殺し人を虐ぐるを責め、親ら六軍を総べ、罪を遼碣に問う。未だ旬日を経ずして、即ち遼東を抜く。前後の虜獲、数十万を計る。諸州に分配し、満たざる処無し。往代の宿恥を雪ぎ、崤陵の枯骨を掩う。功を比べ徳を校ぶるに、前王に万倍す。此れ聖主の自ら知る所なり。微臣安くんぞ敢えて備さに説かんや。
現代語訳
臣はこう聞いております。兵は収めないことを悪とし、武は戈を止めることを貴ぶ、と。今、聖なる教化の及ぶところ、届かない遠方はありません。上古に臣従させられなかった者を、陛下はみな臣従させました。制することのできなかった者を、みな制しました。詳しく古今を見るに、中国の害となったのは、突厥に勝るものはありません。ところが座して策を巡らせ、殿堂を下りずして、大小の可汗が次々に手を束ねました。禁衛を分けて司り、戟を執って隊列にあります。その後、薛延陀が猛威をふるいましたが、まもなく滅びました。鉄勒は義を慕い、州県を置くよう願い出ました。沙漠の北、万里に塵もありません。高昌が流沙で背き、吐谷渾が積石で迷った時も、一部の軍で討ち、みな平定されました。高句麗は歴代、誅を逃れ、討てる者はありませんでした。陛下はその逆乱、主君を殺し人を虐げる罪を責め、自ら六軍を統べ、罪を遼東に問われました。十日も経たずに遼東を抜き、前後の捕虜は数十万を数え、諸州に分配して満たない所はありません。過去の恥を雪ぎ、崤山の白骨を覆いました。功と徳を比べれば、前代の王の万倍です。これは陛下自らご存じのこと。微臣がどうして詳しく説けましょう。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・征伐『周易』に曰く、「進むを知りて退くを知らず、存するを知りて亡ぶるを知らず、得るを知りて喪うを知らず」と。又た曰く、「進退存亡を知りて、其の正を失わざる者は、其れ惟だ聖人のみか」と。此に由りて之を言えば、進むに退くの義有り、存するに亡ぶるの機有り、得るに喪うの理有り。老臣の陛下の為に之を惜しむ所以の者は、蓋し此を謂うなり。『老子』に曰く、「足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆(あや)うからず」と。臣謂えらく、陛下の威名功徳は、亦た足れりとすべし。地を拓き疆を開くは、亦た止むべし。彼の高麗なる者は、辺夷の賤類なり。侍するに仁義を以てするに足らず、責むるに常理を以てすべからず。古来、魚鱉を以て之を畜(か)う。宜しく闊略に従うべし。必ず其の種類を絶たんと欲せば、深く恐る、獣窮まれば則ち搏(う)つを。且つ陛下は死囚を決する毎に、必ず三覆五奏せしめ、素食を進め、音楽を停むる者は、蓋し人命の重んずる所を以て、聖慈を感動すればなり。況んや今、兵士の徒は、一の罪戻無し。故無くして之を戦陣の間に駆り、之を鋒刃の下に委ぬ。肝脳をして地に塗(まみ)れ、魂魄をして帰する無からしむ。其の老父・孤児、寡妻・慈母をして、轊車(えいしゃ)を望みて掩泣し、枯骨を抱きて心を摧かしむ。陰陽を変動し、和気を感傷するに足る。実に天下の冤痛なり。且つ兵は凶器、戦は危事なり。已むを得ずして之を用う。向(さき)に高麗をして臣節を違失せしめて、陛下之を誅するは可なり。百姓を侵擾せば、而して陛下之を滅ぼすは可なり。久長にして能く中国の患いを為さば、而して陛下之を除くは可なり。一も此に有らば、日に万夫を殺すと雖も、愧と為すに足らず。今、此の三条無し。坐して中国を煩わす。内は旧主の為に怨みを雪ぎ、外は新羅の為に仇に報ゆ。豈に存する所の者は小にして、損する所の者は大なるに非ずや。
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貞観政要・征伐貞観十九年、太宗将に親ら高麗を征せんとす。開府儀同三司尉遅敬徳奏言す、「車駕若し自ら遼左に往かば、皇太子も又た国を定州に監す。東西の二京は、府庫の在る所なり。鎮守有りと雖も、終に是れ空虚なり。遼東は路遥かなり。恐らくは玄感の変有らん。且つ辺隅の小国は、親しく万乗を労するに足らず。若し克勝せば、武と為すに足らず。倘(も)し勝たずんば、翻って笑わるる所と為る。伏して請う、之を良将に委ねば、自ら時に応じて摧滅すべし」と。太宗は其の諫に従わずと雖も、識者は之を是とす。
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貞観政要・征伐貞観十八年、太宗は高麗の莫離支の其の主を賊殺し、其の下を残虐するを以て、議して将に之を討たんとす。諫議大夫褚遂良進みて曰く、「陛下の兵機神算は、人の能く知る莫し。昔、隋末の乱離に、寇難を克平す。北狄の辺を侵し、西蕃の礼を失うに及び、陛下は将に命じて之を撃たんと欲す。群臣は苦諫せざる莫し。惟だ陛下の明略独断もて、卒に並びに誅夷す。今、陛下の将に高麗を伐たんとするを聞き、意は皆な熒惑(けいわく)す。然れども陛下の神武英声は、周・隋の主に比せず。兵、若し遼を渡らば、事は須らく克捷すべし。万一獲ずんば、以て遠方に威を示す無し。必ず更に発怒し、再び兵衆を動かさん。若し此に至らば、安危は測り難し」と。太宗之を然りとす。
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貞観政要・征伐窃かに見るに、頃年より以来、力役は兼総す。東に遼海の軍有り、西に昆丘の役有り。士馬は甲冑に疲れ、舟車は転輸に倦む。且つ召募役戍は、去留に死生の痛みを懐く。風に因り浪に阻まれ、人と米とに漂溺の危有り。一夫、力めて耕すも、年に数十の獲無し。一船、損を致さば、則ち数百の糧を傾覆す。是れ猶お尽くる有るの農功を運びて、窮まり無きの巨浪を填(うず)むるがごとし。未だ獲ざるの他衆を図りて、已に成れるの我が軍を喪う。凶を除き暴を伐つは、国を有つの常規なりと雖も、然れども武を黷(けが)し兵を玩ぶは、先哲の戒むる所なり。昔、秦皇は六国を並吞す。反って危禍の基を速(まね)く。晋武は三方を奄有す。翻って覆敗の業を成す。豈に功を矜り大を恃み、徳を棄て邦を軽んじ、利を図りて害を忘れ、情を肆にし欲を縦にするに非ずや。遂に悠悠たる六合をして、広しと雖も其の亡を救わず、嗷嗷たる黎庶をして、弊に因りて以て其の禍を成さしむ。是れ知る、地の広きは常安の術に非ず、人の労するは乃ち乱れ易きの源なり。願わくは陛下、沢を布き人に流し、弊を矜れみ乏を恤(あわ)れみ、行役の煩を減じ、雨露の恵を増せ。
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貞観政要・征伐且つ陛下の仁風は率土に被り、孝徳は配天に彰る。夷狄の将に亡びんとするを睹(み)れば、則ち期を数歳に指す。将帥の節度を授くれば、則ち機を万里に決す。指を屈して駅を候(うかが)い、景を視て書を望む。符応は神の若く、筭に遺策無し。将を行伍の中に擢(ぬきん)で、士を凡庸の末に取る。遠夷の単使も、一たび見れば忘れず。小臣の名も、未だ嘗て再び問わず。箭は七劄を穿ち、弓は六鈞を貫く。加うるに情を墳典に留め、意を篇什に属す。筆は鍾・張に邁(こ)え、詞は賈・馬を窮む。文鋒既に振るえば、則ち宮徴自ら諧(ととの)う。軽翰暫く飛べば、則ち花葩競い発す。万姓を撫するに慈を以てし、群臣に遇するに礼を以てす。秋毫の善を褒め、吞州の網を解く。逆耳の諫は必ず聴き、膚受の訴は斯に絶つ。好生の徳は、障を江湖に禁ず。悪殺の仁は、鼓刀を屠肆に息(や)ましむ。鳧鶴は稲粱の恵を荷い、犬馬は帷蓋の恩を蒙る。尊きを降して思摩の瘡を吮(す)い、堂に登りて魏徴の柩に臨む。戦亡の卒を哭すれば、則ち哀は六軍を動かす。道を填(うず)むるの薪を負えば、則ち情は天地を感ぜしむ。黔黎の大命を重んじ、特に心を庶獄に尽くす。臣は心識昏憒(こんかい)す。豈に聖功の深遠を論じ、天徳の高大を談ずるに足らんや。陛下は衆美を兼ねて之を有し、備具せざる靡(な)し。微臣は深く陛下の為に之を惜しみ之を重んじ、之を愛し之を宝とす。
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貞観政要・征伐願わくは陛下、皇祖老子の止足の誡に遵い、以て万代巍巍の名を保て。霈然(はいぜん)の恩を発し、寛の大詔を降し、陽春に順いて以て沢を布き、高麗に自新を許し、淩波の船を焚き、応募の衆を罷めよ。自然に華夷は慶賴し、遠は肅(つつし)み邇(ちか)きは安からん。臣は老病の三公なり。朝夕に地に入らん。恨むらくは竟に塵露の微も海嶽に増す無きことを。謹んで残魂余息を罄(つ)くし、豫(あらかじ)め結草の誠に代う。倘(も)し此の哀鳴を録するを蒙らば、即ち臣は死すとも骨は朽ちず。
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