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貞観政要 / 征伐

貞觀二十二年,太宗將重討高麗。是時,房玄齡寢疾增劇,顧謂諸子曰:「當今天下清謐,咸得其宜,惟欲東討高麗,主為國害。吾知而不言,可謂銜恨入地。」遂上表諫曰:

新字:貞観二十二年,太宗将重討高麗。是時,房玄齢寝疾增劇,顧謂諸子曰:「当今天下清謐,咸得其宜,惟欲東討高麗,主為国害。吾知而不言,可謂銜恨入地。」遂上表諫曰:

書き下し

貞観二十二年、太宗将に重ねて高麗を討たんとす。是の時、房玄齢は寝疾増劇す。顧みて諸子に謂いて曰く、「当今、天下は清謐にして、咸な其の宜しきを得たり。惟だ東のかた高麗を討たんと欲するのみ、主に国害と為る。吾は知りて言わずんば、恨みを銜(ふく)みて地に入ると謂うべし」と。遂に表を上りて諫めて曰く、

現代語訳

貞観二十二年、太宗が再び高句麗を討とうとした。この時、房玄齢は病が重くなっていた。子たちを顧みて言った。「今、天下は静かで、みな安らかである。ただ東のかた高句麗を討とうとされることだけが、国の害となる。私が知っていて言わなければ、恨みを抱いて地に入ることになる」。そして上表して諫めて言った。

解説

房玄齢は当時、老いと病で床に伏し、余命がわずかという中で、あえて上表文を書きました。書き下し文にあるとおり、「知りて言わずんば、恨みを銜みて地に入ると謂うべし」——知っていながら黙っていたら、恨みを抱いたまま死ぬことになる、という強い言葉です。もう長くはない体です。黙っていても、誰からも責められません。それでも彼は、最後の力を振り絞って言葉を残しました。これは私たちの暮らしにも通じます。年老いた親が子に、あるいは長く勤めた人が後を託す相手に、耳の痛いことをあえて伝える場面があります。言わずに黙って去るほうが楽に見えても、実は言わなかった後悔のほうがずっと重く残るのです。

この章句が説くこと

吾知而不言可謂銜恨入地病床からの上表言わない後悔

この一句を、あなたの毎日に。

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