貞観政要 / 征伐
貞觀初,嶺南諸州奏言高州酋帥馮盎、談殿阻兵反叛。詔將軍藺謩發江、嶺數十州兵討之。秘書監魏徵諫曰:「中國初定,瘡痍未復,嶺南瘴癧,山川阻深,兵運難繼,疾疫或起,若不如意,悔不可追。且馮盎若反,即須及中國未寧,交結遠人,分兵斷險,破掠州縣,署置官司。何因告來數年,兵不出境?此則反形未成,無容動眾。陛下既未遣使人就彼觀察,即來朝謁,恐不見明。今若遣使,分明曉諭,必不勞師旅,自致闕庭。」太宗從之,嶺表悉定。侍臣奏言:「馮盎、談殿往年恒相征伐,陛下發一單使,嶺外帖然。」太宗曰:「初,嶺南諸州盛言盎反,朕必欲討之,魏徵頻諫,以為但懷之以德,必不討自來。既從其計,遂得嶺表無事,不勞而定,勝於十萬之師。」乃賜徵絹五百匹。
新字:貞観初,嶺南諸州奏言高州酋帥馮盎、談殿阻兵反叛。詔将軍藺謩発江、嶺数十州兵討之。秘書監魏徴諫曰:「中国初定,瘡痍未復,嶺南瘴癧,山川阻深,兵運難継,疾疫或起,若不如意,悔不可追。且馮盎若反,即須及中国未寧,交結遠人,分兵断険,破掠州県,署置官司。何因告来数年,兵不出境?此則反形未成,無容動衆。陛下既未遣使人就彼観察,即来朝謁,恐不見明。今若遣使,分明暁諭,必不労師旅,自致闕庭。」太宗従之,嶺表悉定。侍臣奏言:「馮盎、談殿往年恒相征伐,陛下発一単使,嶺外帖然。」太宗曰:「初,嶺南諸州盛言盎反,朕必欲討之,魏徴頻諫,以為但懐之以徳,必不討自来。既従其計,遂得嶺表無事,不労而定,勝於十万之師。」乃賜徴絹五百匹。
書き下し
貞観の初め、嶺南の諸州奏言す、高州の酋帥馮盎・談殿、兵を阻みて反叛すと。詔して将軍藺謩に江・嶺数十州の兵を発して之を討たしむ。秘書監魏徴諫めて曰く、「中国は初めて定まる。瘡痍未だ復せず。嶺南は瘴癘、山川は阻深なり。兵運は継ぎ難く、疾疫或いは起こらん。若し意の如くならずんば、悔いても追うべからず。且つ馮盎若し反せば、即ち須らく中国の未だ寧からざるに及び、遠人を交結し、兵を分かちて険を断ち、州県を破掠し、官司を署置すべし。何に因りてか告げ来たりて数年、兵は境を出でざるや。此れ則ち反形未だ成らず。衆を動かすを容るる無し。陛下は既に未だ使人を遣わして彼に就きて観察せしめず。即ち来たりて朝謁するも、恐らくは明を見ざらん。今、若し使を遣わし、分明に暁諭せば、必ず師旅を労せずして、自ら闕庭に致らん」と。太宗之に従う。嶺表は悉く定まる。侍臣奏言す、「馮盎・談殿は往年、恒に相い征伐す。陛下は一の単使を発し、嶺外は帖然たり」と。太宗曰く、「初め、嶺南の諸州は盛んに盎の反すと言う。朕は必ず之を討たんと欲す。魏徴は頻りに諫め、以為えらく、但だ之を懐くるに徳を以てせば、必ず討たずして自ら来たらんと。既に其の計に従い、遂に嶺表を事無く、労せずして定むるを得たり。十万の師に勝れり」と。乃ち徴に絹五百匹を賜う。
現代語訳
貞観の初め、嶺南の諸州が奏上した。高州の首領である馮盎と談殿が、兵を構えて反乱したと。詔して将軍の藺謩に、江南と嶺南の数十州の兵を動員して討たせようとした。秘書監の魏徴が諫めて言った。「中国は定まったばかりで、傷はまだ癒えていません。嶺南は疫病の地で、山川は険しく深い。兵糧の輸送は続かず、疫病も起こるでしょう。もし思うようにいかなければ、悔いても及びません。それに馮盎がもし反乱するなら、中国がまだ安らかでないうちに、遠方と結び、兵を分けて要害を断ち、州県を掠め、役所を設置するはずです。ところが報告があってから数年、兵は境を出ていない。これは反乱の形がまだ成っていないということです。軍を動かすべきではありません。陛下はまだ使者を遣わして現地を観察させていない。彼が来て拝謁しても、恐らく事情は明らかにならないでしょう。今、使者を遣わして、はっきりと諭せば、必ず軍を労することなく、自ら朝廷に出向いてくるでしょう」。太宗はこれに従った。嶺南はすべて平定された。側近の臣が奏上した。「馮盎と談殿は、以前は常に争っていました。陛下が一人の使者を出しただけで、嶺南は静まりました」。太宗は言った。「初め、嶺南の諸州はしきりに馮盎が反乱したと言った。私は必ず討とうとした。魏徴はしきりに諫め、徳をもって懐けば、討たずとも自ら来ると言った。その計に従って、嶺南は事なく、労せずして定まった。十万の軍に勝る」。太宗は魏徴に絹五百匹を賜った。
解説
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貞観政要・誠信太宗嘗て長孫無忌等に謂いて曰く、「朕の即位の初め、書を上る者は一に非ず。或いは言う、人主は必ず須らく威権を独り任ずべし。群下に委任するを得ず、と。或いは兵を耀かし武を振るい、四夷を懾服せんことを欲す。惟だ魏徴のみ朕に勧む、『革を偃(ふ)せて文を興し、徳を布き恵を施さば、中国既に安く、遠人自ら服せん』と。朕は此の語に従う。天下大いに寧し。絶域の君長、皆な来たりて朝貢す。九夷は重訳し、道に相い望む。凡そ此等の事は、皆な魏徴の力なり。朕の任用、豈に人を得ざらんや」と。徴拝謝して曰く、「陛下の聖徳は天より、心を政術に留む。実に庸短を以て、承受するに暇あらず。豈に聖明に益有らんや」と。
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貞観政要・征伐貞観四年、有司上言す、「林邑の蛮国、表疏は不順なり。請う、兵を発して之を討撃せん」と。太宗曰く、「兵は凶器なり。已むを得ずして之を用う。故に漢の光武云う、『一たび兵を発する毎に、覚えず頭須の白と為る』と。古より以来、兵を窮め武を極めて、亡びざる者は未だ有らざるなり。苻堅は自ら兵の強きを恃み、必ず晋室を吞まんと欲す。兵を興すこと百万、一挙にして亡ぶ。隋主も亦た必ず高麗を取らんと欲し、頻年労役す。人は怨みに勝えず。遂に匹夫の手に死す。頡利の如きに至りては、往歳、数々来たりて我が国家を侵す。部落は征役に疲れ、遂に滅亡に至る。朕は今、此を見る。豈に輒ち即ち兵を発するを得んや。但だ山険を経歴し、土は瘴癘多し。若し我が兵士疾疫せば、此の蛮を克剪すと雖も、亦た何の補う所ぞ。言語の間、何ぞ介意するに足らんや」と。竟に之を討たず。
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貞観政要・征伐貞観十六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「北狄は世々寇乱を為す。今、延陀は倔強なり。須らく早く之が所を為すべし。朕は熟ら之を思う。惟だ二策有るのみ。徒十万を選び、撃ちて之を虜とし、凶醜を滌除せば、百年患い無し。此れ一策なり。若し其の来請に遂い、之と婚媾を為さば、朕は蒼生の父母と為る。苟も之を利すべくんば、豈に一女を惜しまんや。北狄の風俗、多くは内政に由る。亦た既に子を生まば、則ち我が外孫なり。中国を侵さざること、断じて知るべし。此を以て言えば、辺境は三十年来事無きを得るに足る。此の二策を挙ぐるに、何者か先と為す」と。司空房玄齢対えて曰く、「隋室大乱の後に遭い、戸口は太半未だ復せず。兵は凶にして戦は危し。聖人の慎む所なり。和親の策、実に天下幸甚なり」と。
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貞観政要・政体貞観七年、太宗、秘書監魏徴と従容として自古の理政の得失を論ず。因りて曰く、「当今は大乱の後なり。造次に化を致すべからず」と。徴曰く、「然らず。凡そ人は危困に在れば、則ち死亡を憂う。死亡を憂うれば、則ち化を思う。化を思えば、則ち教え易し。然らば則ち乱後は教え易きこと、猶お飢人の食らい易きがごときなり」と。太宗曰く、「善人邦を為(おさ)むること百年、然る後に残に勝ち殺を去る。大乱の後、将に化を致すを求めんとす。寧ろ造次にして望むべけんや」と。徴曰く、「此れ常人に拠る。聖哲に在らず。若し聖哲化を施し、上下心を同じくせば、人の応ずること響の如く、疾(と)くせずして速やかに、期月にして可ならん。信に難しと為さず。三年にして功を成すも、猶お其の晩しと謂わん」と。太宗以て然りと為す。封徳彜(ほうとくい)等対えて曰く、「三代より後、人は漸く澆訛(ぎょうか)なり。故に秦は法律に任じ、漢は霸道を雑(まじ)う。皆な理めんと欲して能わず。豈に能く化して欲せざらんや。若し魏徴の説く所を信ぜば、恐らくは国家を敗乱せん」と。徴曰く、「五帝・三王は、人を易えずして化す。帝道を行えば則ち帝たり、王道を行えば則ち王たり。当時の理むる所に在り、之を化するのみ。之を載籍に考うれば、得て知るべし。昔、黄帝は蚩尤(しゆう)と七十余戦す。其の乱れたること甚だし。既に之に勝ちて後、便ち太平を致す。九黎(きゅうれい)徳を乱す。顓頊(せんぎょく)之を征す。既に克ちて後、其の化を失わず。桀は乱虐を為す。而して湯は之を放つ。湯の代に在りて、即ち太平を致す。紂は無道を為す。武王之を伐つ。成王の代に、亦た太平を致す。若し人漸く澆訛にして、純樸に及ばずと言わば、今に至りて応(まさ)に悉く鬼魅と為るべし。寧ろ復た得て教化すべけんや」と。徳彜等之を難ずる無し。然れども咸(みな)以て不可と為す。太宗毎に力行して倦まず。数年の間、海内康寧、突厥破滅す。因りて群臣に謂いて曰く、「貞観の初め、人皆な異論す。云く、当今必ず帝道・王道を行うべからず、と。惟だ魏徴のみ我に勧む。既に其の言に従い、数載を過ぎずして、遂に華夏の安寧、遠戎の賓服を得たり。突厥は古より以来、常に中国の勍敵(けいてき)為り。今、酋長は並びに刀を帯びて宿衛し、部落は皆な衣冠を襲(つ)ぐ。我をして遂に此に至らしむるは、皆な魏徴の力なり」と。顧みて徴に謂いて曰く、「玉は美質有りと雖も、石間に在り、良工の琢磨に値(あ)わざれば、瓦礫と別(わか)たず。若し良工に遇わば、即ち万代の宝と為る。朕は美質無しと雖も、公の切磋する所と為る。公が朕を約するに仁義を以てし、朕を弘むるに道徳を以てし、朕の功業をして此に至らしむるを労す。公も亦た良工為るに足るのみ」と。
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貞観政要・直諫貞観十一年、所司は淩敬の乞貪の状を奏す。太宗は侍中魏徴等の濫りに人を進むるを責む。徴曰く、「臣等は顧問を蒙る毎に、常に具さに其の長短を言う。学識有り、強いて諫諍するは、是れ其の長なり。生活を愛し、経営を好むは、是れ其の短なり。今、淩敬は人の為に碑文を作り、人に『漢書』を読むを教う。茲に因りて附託し、回易して利を求む。臣等の説く所と同じからず。陛下は未だ其の長を用いず、惟だ其の短を見る。以て臣等の欺罔と為す。実に敢えて心に伏せず」と。太宗之を納る。
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貞観政要・直諫貞観五年、持書侍御史権万紀・侍御史李仁発、倶に告訐(こくけつ)譖毀(しんき)を以て、数(しばしば)引見を蒙る。心に任せて弾射し、其の欺罔を肆(ほしいまま)にす。上をして震怒せしめ、臣下は以て自ら安んずる無し。内外は其の不可なるを知るも、能く論諍する莫し。給事中魏徴、正色して之を奏して曰く、「権万紀・李仁発は並びに是れ小人。大体を識らず。譖毀を以て是と為し、告訐を以て直と為す。凡そ弾射する所は、皆な罪有るに非ず。陛下は其の短ずる所を掩い、其の一切を収む。乃ち其の奸計を騁(は)せ、下に附き上を罔(あざむ)き、多く無礼を行い、以て強直の名を取る。房玄齢を誣(し)い、張亮を斥退す。粛厲する所無く、徒らに聖明を損なう。道路の人、皆な謗議を興す。臣、伏して聖心を度るに、必ずしも謀慮深長にして、棟梁の任を委ぬべしと為さざらん。将に其の避忌する所無きを以て、群臣を警厲せんと欲するならん。若し回邪を信狎せば、猶お小を以て大を謀るべからず。群臣は素より矯偽無きに、空しく臣下をして離心せしむ。玄齢・亮の徒を以てすら、猶お其の枉直を伸ぶるを得ず。其の余の疏賤は、孰か能く其の欺罔を免れんや。伏して願わくは陛下、意を留めて再び思え。二人を駆使してより以来、一の弘益有らば、臣は即ち斧鉞に甘心し、不忠の罪を受けん。陛下は縦(たと)い未だ善を挙げて徳を崇くする能わずとも、豈に奸を進めて自ら損なうべけんや」と。太宗欣然として之を納れ、徴に絹五百匹を賜う。其の万紀は又た奸状漸く露わる。仁発も亦た解黜せらる。万紀は連州司馬に貶せらる。朝廷は咸な相い慶賀す。
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