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貞観政要 / 貢賦

貞觀十二年,疏勒、朱俱波、甘棠遣使貢方物,太宗謂群臣曰:「向使中國不安,日南、西域朝貢使亦何緣而至?朕何德以堪之?睹此翻懷危懼。近代平一天下,拓定邊方者,惟秦皇、漢武。始皇暴虐,至子而亡。漢武驕奢,國祚幾絕。朕提三尺劍以定四海,遠夷率服,億兆乂安,自謂不減二主也。然二主末途,皆不能自保,由是每自懼危亡,必不敢懈怠。惟藉公等直言正諫,以相匡弼。若惟揚美隱惡,共進諛言,則國之危亡,可立而待也。」

新字:貞観十二年,疏勒、朱倶波、甘棠遣使貢方物,太宗謂群臣曰:「向使中国不安,日南、西域朝貢使亦何縁而至?朕何徳以堪之?睹此翻懐危懼。近代平一天下,拓定辺方者,惟秦皇、漢武。始皇暴虐,至子而亡。漢武驕奢,国祚幾絶。朕提三尺剣以定四海,遠夷率服,億兆乂安,自謂不減二主也。然二主末途,皆不能自保,由是毎自懼危亡,必不敢懈怠。惟藉公等直言正諫,以相匡弼。若惟揚美隠悪,共進諛言,則国之危亡,可立而待也。」

書き下し

貞観十二年、疏勒・朱倶波・甘棠、使を遣わして方物を貢す。太宗群臣に謂いて曰く、「向(さき)に中国をして安からざらしめば、日南・西域の朝貢の使も亦た何に縁りてか至らん。朕は何の徳ありて以て之に堪えんや。此を睹(み)て翻って危懼を懐く。近代、天下を平一し、辺方を拓定する者は、惟だ秦皇・漢武のみ。始皇は暴虐、子に至りて亡ぶ。漢武は驕奢、国祚は幾(ほとん)ど絶ゆ。朕は三尺の剣を提げて以て四海を定む。遠夷は率服し、億兆は乂安(がいあん)す。自ら謂えらく、二主に減ぜずと。然れども二主の末途は、皆な自ら保つ能わず。是に由りて毎に自ら危亡を懼れ、必ず敢えて懈怠せず。惟だ公等の直言正諫に藉りて、以て相い匡弼せんことのみ。若し惟だ美を揚げ悪を隠し、共に諛言を進めば、則ち国の危亡は、立ちどころに待つべきなり」と。

現代語訳

貞観十二年、疏勒・朱倶波・甘棠が使者を遣わして特産品を献上した。太宗が群臣に言った。「もし中国が安らかでなければ、日南や西域の朝貢の使者も、どうして来ようか。私にどんな徳があって、これに堪えられるのか。これを見て、かえって恐れを抱く。近代、天下を統一し、辺境を開いたのは、ただ始皇帝と漢の武帝だけだ。始皇帝は暴虐で、子の代で滅んだ。武帝は驕り奢り、国運はほとんど絶えた。私は三尺の剣を提げて四海を定めた。遠方の異民族は服従し、民は安らいでいる。自ら思うに、二人の君主に劣らない。しかし二人の末路は、みな自らを保てなかった。だから常に危亡を恐れ、決して怠らない。ただ諸君の直言と諫めによって、正し助けてもらうだけだ。もし美点ばかりを挙げ、欠点を隠し、こぞってへつらいの言葉を進めれば、国の危亡はたちどころに来る」。

解説

疏勒や朱倶波など遠方の国々が次々と貢ぎ物を届けてくる。誰の目にも栄えの頂点と映る場面です。ところが太宗はここで、喜ぶどころか「かえって恐れを抱く」と語ります。天下を統一し辺境を切り開いた者は、歴史を振り返っても始皇帝と漢の武帝しかいない。二人とも、まさにこの栄光の絶頂に立った後、始皇帝は子の代で滅び、武帝の代には国がほとんど絶えかけました。「自分は二人に劣らない」と思う、その手応えこそが危ないのだと太宗は見抜いています。物事がうまくいっている時ほど、人は気が緩み、周りの声に耳を貸さなくなりがちです。仕事で大きな成果を上げた時、子育てで一区切りついた時、近所付き合いで頼りにされている時こそ、立ち止まって振り返る習慣が要るのだと、この章句は示しています。

この章句が説くこと

睹此翻懐危懼二主末途皆不能自保絶頂こそ危うい

この一句を、あなたの毎日に。

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