貞観政要 / 貢賦
貞觀中,林邑國貢白鸚鵡,性辯慧,尤善應答,屢有苦寒之言。太宗湣之,付其使,令還出於林藪。
新字:貞観中,林邑国貢白鸚鵡,性弁慧,尤善応答,屡有苦寒之言。太宗湣之,付其使,令還出於林藪。
書き下し
貞観中、林邑国、白鸚鵡を貢す。性は辯慧にして、尤も応答に善し。屢々苦寒の言有り。太宗之を湣(あわ)れみ、其の使に付し、還りて林藪に出ださしむ。
現代語訳
貞観年間、林邑国が白い鸚鵡を献上した。よくしゃべり賢く、とりわけ応答が上手だった。しばしば寒さがつらいという言葉を口にした。太宗はこれを憐れみ、その使者に託して、林に帰して放させた。
解説
遠い南の国から届いた白い鸚鵡は、人の言葉を巧みに操り、受け答えも上手だったといいます。ところがその鸚鵡は、しきりに「寒い」とこぼしていました。普通なら、珍しい献上品を手放すことなど考えません。しかし太宗は、鸚鵡が寒さに苦しんでいると知ると、使者に託して故郷の林に帰してやりました。珍しく貴重だから大事にする、というだけでは終わらなかったのです。相手が言葉を話す鳥であっても、その一言の苦しみを聞き取り、心を動かした。家で飼っている生き物の小さな不調にすぐ気づく人、遠い親戚から届いた贈り物より、目の前で困っている人の声を優先できる人。そうした細やかな気配りこそ、この章句が今も教えてくれることです。
この章句が説くこと
屢有苦寒之言屡有苦寒之言太宗湣之令還出於林藪一つの声を聞き取る
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