貞観政要 / 赦令
長孫皇后遇疾,漸危篤。皇太子啟后曰:「醫藥備盡,今尊體不瘳,請奏赦囚徒並度人入道,冀蒙福祐。」后曰:「死生有命,非人力所加。若修福可延,吾素非為惡者;若行善無效,何福可求?赦者國之大事,佛道者,上每示存異方之教耳,常恐為理體之弊。豈以吾一婦人而亂天下法?不能依汝言。」
新字:長孫皇后遇疾,漸危篤。皇太子啓后曰:「医薬備尽,今尊体不瘳,請奏赦囚徒並度人入道,冀蒙福祐。」后曰:「死生有命,非人力所加。若修福可延,吾素非為悪者;若行善無効,何福可求?赦者国之大事,仏道者,上毎示存異方之教耳,常恐為理体之弊。豈以吾一婦人而乱天下法?不能依汝言。」
書き下し
長孫皇后疾に遇い、漸く危篤なり。皇太子后に啓して曰く、「医薬備さに尽くすも、今、尊体は瘳(い)えず。請う、奏して囚徒を赦し、並びに人を度して道に入らしめ、福祐を蒙らんことを冀(こいねが)わん」と。后曰く、「死生は命有り。人力の加うる所に非ず。若し福を修めて延ぶべくんば、吾は素より悪を為す者に非ず。若し善を行いて効無くんば、何の福をか求むべき。赦は国の大事なり。仏道なる者は、上は毎に異方の教えを存するを示すのみ。常に理体の弊を為すを恐る。豈に吾一婦人を以て天下の法を乱さんや。汝の言に依る能わず」と。
現代語訳
長孫皇后が病にかかり、次第に危篤となった。皇太子が皇后に申し上げた。「医薬を尽くしましたが、お体は癒えません。どうか奏上して囚人を赦し、あわせて人々を出家させて、幸いを得ることを願いたいのです」。皇后は言った。「死生には定めがあり、人の力の及ぶところではありません。もし福を修めて延ばせるなら、私はもともと悪を行った者ではありません。もし善を行っても効き目がないなら、どんな福を求められましょう。赦は国の大事です。仏教や道教は、陛下が異国の教えも認めていることを示すだけのもの。常に統治の害となることを恐れておられます。どうして私一人の女のために、天下の法を乱してよいのですか。あなたの言葉には従えません」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
貞観政要・赦令貞観七年、太宗侍臣に謂いて曰く、「天下、愚人なる者は多く、智人なる者は少なし。智者は悪を為すを肯んぜず。愚人は好んで憲章を犯す。凡そ赦宥の恩は、惟だ不軌の輩に及ぶ。古語に云う、『小人の幸いは、君子の不幸なり』と。『一歳に再び赦せば、善人は喑啞(いんあ)す』と。凡そ『稂莠(ろうゆう)を養う者は禾稼を傷り、奸宄(かんき)を恵む者は良人を賊す』と。昔、『文王は罰を作す。刑は茲(ここ)に赦す無し』と。又た蜀の先主は嘗て諸葛亮に謂いて曰く、『吾は陳元方・鄭康成の間に周旋す。啓告を見る毎に理乱の道は備われり。曾て赦を語らず』と。故に諸葛亮は蜀を治むること十年、赦さず。而して蜀は大いに化す。梁の武帝は毎年数々赦す。卒に傾敗に至る。夫れ小仁を謀る者は、大仁の賊なり。故に我は天下を有してより以来、絶えて赦を放たず。今、四海安寧、礼義興行す。非常の恩は、弥々数(しばしば)すべからず。将に恐る、愚人は常に僥幸を冀(こいねが)い、惟だ法を犯すを欲して、過ちを改むる能わざるを」と。
-
貞観政要・忠義貞観十五年、詔して曰く、「朕は聴朝の暇、前史を観る。前賢の時を佐け、忠臣の国に徇(したが)うを覧る毎に、何ぞ嘗て其の人を想見し、書を廃して欽嘆せざらんや。近代より以来に至りては、年歳遠きに非ず。然れども其の胤緒、或いは当に見(げん)に存すべし。縦(たと)い未だ能く顕らかに旌表を加えずとも、之を遐裔(かえい)に棄つるを容るる無かれ。其の周・隋二代の名臣及び忠節の子孫にして、貞観已来、罪を犯して配流せられし者有らば、宜しく所司をして具さに録して奏聞せしむべし」と。是に於て多く矜宥に従う。
-
貞観政要・征伐願わくは陛下、皇祖老子の止足の誡に遵い、以て万代巍巍の名を保て。霈然(はいぜん)の恩を発し、寛の大詔を降し、陽春に順いて以て沢を布き、高麗に自新を許し、淩波の船を焚き、応募の衆を罷めよ。自然に華夷は慶賴し、遠は肅(つつし)み邇(ちか)きは安からん。臣は老病の三公なり。朝夕に地に入らん。恨むらくは竟に塵露の微も海嶽に増す無きことを。謹んで残魂余息を罄(つ)くし、豫(あらかじ)め結草の誠に代う。倘(も)し此の哀鳴を録するを蒙らば、即ち臣は死すとも骨は朽ちず。
-
貞観政要・征伐太宗甚だ其の言を善しとし、特に優賜を加うること甚だ厚し。
-
貞観政要・刑法貞観九年、塩沢道行軍総管・岷州都督高甑生、李靖の節度に違うに坐す。又た靖を謀逆すと誣告す。死を減じて辺に徙(うつ)す。時に上言する者有りて曰く、「甑生は旧秦府の功臣なり。請う、其の過ちを寛(ゆる)せ」と。太宗曰く、「是れ藩邸の旧労なりと雖も、誠に忘るべからず。然れども国を理め法を守るは、事は須らく画一なるべし。今、若し之を赦さば、僥幸の路を開かしむ。且つ国家、義を太原に建つ。元より従い及び征戦して功有る者は甚だ衆し。若し甑生にして免るるを獲ば、誰か覬覦(きゆ)せざらん。功有るの人、皆な須らく法を犯すべし。我の必ず赦さざる所以の者は、正に此が為なり」と。
-
貞観政要・納諫太宗に一の駿馬有り。特に之を愛す。恒に宮中に養飼す。病無くして暴かに死す。太宗は馬を養う宮人を怒り、将に之を殺さんとす。皇后諫めて曰く、「昔、斉の景公は馬の死するを以て人を殺す。晏子は請いて其の罪を数えて云う、『爾は馬を養いて死なしむ。爾の罪の一なり。公をして馬を以て人を殺さしむ。百姓之を聞かば、必ず吾が君を怨まん。爾の罪の二なり。諸侯之を聞かば、必ず吾が国を軽んぜん。爾の罪の三なり』と。公乃ち罪を釈(ゆる)せり。陛下は嘗て書を読みて此の事を見たり。豈に之を忘れんや」と。太宗の意乃ち解く。又た房玄齢に謂いて曰く、皇后の庶事に相い啓沃するは、極めて利益有るのみ、と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る