貞観政要 / 赦令
貞觀十年,太宗謂侍臣曰:「國家法令,惟須簡約,不可一罪作數種條。格式既多,官人不能盡記,更生奸詐,若欲出罪即引輕條,若欲入罪即引重條。數變法者,實不益道理,宜令審細,毋使互文。」
新字:貞観十年,太宗謂侍臣曰:「国家法令,惟須簡約,不可一罪作数種条。格式既多,官人不能尽記,更生奸詐,若欲出罪即引軽条,若欲入罪即引重条。数変法者,実不益道理,宜令審細,毋使互文。」
書き下し
貞観十年、太宗侍臣に謂いて曰く、「国家の法令は、惟だ須らく簡約なるべし。一罪に数種の条を作すべからず。格式既に多くば、官人は尽くは記す能わず。更に奸詐を生ず。若し罪を出さんと欲せば即ち軽き条を引き、若し罪を入れんと欲せば即ち重き条を引く。数々法を変うる者は、実に道理に益あらず。宜しく審細ならしめ、互文を使う毋(な)かれ」と。
現代語訳
貞観十年、太宗が側近の臣に言った。「国家の法令は、ただ簡潔であるべきだ。一つの罪に、いくつもの条文を作ってはならない。規定が多すぎれば、役人はすべてを覚えられない。かえって不正が生まれる。罪を軽くしたければ軽い条文を引き、重くしたければ重い条文を引く。しばしば法を変える者は、まことに道理に益がない。よく吟味させ、条文が食い違わないようにせよ」。
解説
条文を増やして細かく決めれば、公平な裁きができるように思えます。ところが太宗はここで逆のことを説きます。「一つの罪について、いくつも条文を作ってはならない。規定が多すぎれば役人は覚えきれず、かえって不正が生まれる」というのです。罪を軽くしたいときは軽い条文を持ち出し、重くしたいときは重い条文を持ち出す。選べる条文が増えるほど、役人の都合の良い判断がまかり通ってしまいます。これは会社の規則やご近所の取り決めごとでも起こりがちなことです。細かい決まりを次々に付け足していくと、抜け道を探すのが得意な人ほど得をして、素直に従っている人ほど損をする、ということになりかねません。決まりごとは、数を増やすことより、誰が読んでもすぐ分かるくらい簡潔にしておくことの方が、よほど公平を守る近道なのです。
この章句が説くこと
格式既多官人不能尽記更生奸詐法令惟須簡約条文の多さと恣意
関連する章句
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貞観政要・公平貞観の初め、志は公道に存す。人に犯す所有らば、一一法に於てす。縦(たと)い時に臨みて処断すること或いは軽重有るも、但だ臣下の執論を見れば、忻然として受納せざる無し。民は罪の私無きを知る。故に甘心して怨まず。臣下は言いて忤(さか)らわざるを見る。故に力を尽くして以て忠を効(いた)す。頃年より以来、意は漸く深刻なり。三面の網を開くと雖も、而して察して淵中の魚を見る。取捨は愛憎に在り、軽重は喜怒に由る。之を愛する者は、罪は重しと雖も強いて之が辞を為す。之を悪む者は、過ちは小なりと雖も深く其の意を探る。法に定科無く、情に任せて以て軽重す。人に執論有らば、之を疑うに阿偽を以てす。故に罰を受くる者は控告する所無く、官に当たる者は敢えて正言する莫し。其の心を服せずして、但だ其の口を窮む。之に罪を加えんと欲せば、其れ辞無からんや。又た五品已上に犯す有らば、悉く曹司をして聞奏せしむ。本と其の情状を察して、哀矜する所有らんと欲す。今は乃ち曲げて小節を求め、或いは其の罪を重くす。人をして攻撃せしめ、惟だ深からざるを恨む。事に重条無くんば、之を法外に求めて加うる所、十に六七有り。故に頃年、犯す者は上に聞こゆるを懼れ、法司に付するを得るを以て、多幸と為す。告訐已(や)まず、窮理息まず。君は上に私し、吏は下に奸なり。細過を求めて大体を忘れ、一罰を行いて衆奸を起こす。此れ乃ち公平の道に背き、泣辜(きゅうこ)の意に乖(そむ)く。其の人和し訟息(や)むを欲するも、得べからざるなり。
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貞観政要・赦令貞観十一年、太宗侍臣に謂いて曰く、「詔令格式、若し常に定まらずんば、則ち人心多く惑い、奸詐益ます生ず。『周易』に『其の大号を渙汗す』と称す。号を発し令を施すは、汗の体より出づるが若く、一たび出でて復たせざるを言うなり。『書』に曰く、『乃(なんじ)の令を出すを慎め。令出づれば惟れ行う。反すことを為さず』と。且つ漢祖は日に給するに暇あらず。蕭何は小吏より起こる。法を制するの後、猶お画一と称せらる。今、宜しく詳らかに此の義を思い、軽々しく詔令を出すべからず。必ず須らく審定し、以て永式と為すべし」と。
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貞観政要・赦令貞観七年、太宗侍臣に謂いて曰く、「天下、愚人なる者は多く、智人なる者は少なし。智者は悪を為すを肯んぜず。愚人は好んで憲章を犯す。凡そ赦宥の恩は、惟だ不軌の輩に及ぶ。古語に云う、『小人の幸いは、君子の不幸なり』と。『一歳に再び赦せば、善人は喑啞(いんあ)す』と。凡そ『稂莠(ろうゆう)を養う者は禾稼を傷り、奸宄(かんき)を恵む者は良人を賊す』と。昔、『文王は罰を作す。刑は茲(ここ)に赦す無し』と。又た蜀の先主は嘗て諸葛亮に謂いて曰く、『吾は陳元方・鄭康成の間に周旋す。啓告を見る毎に理乱の道は備われり。曾て赦を語らず』と。故に諸葛亮は蜀を治むること十年、赦さず。而して蜀は大いに化す。梁の武帝は毎年数々赦す。卒に傾敗に至る。夫れ小仁を謀る者は、大仁の賊なり。故に我は天下を有してより以来、絶えて赦を放たず。今、四海安寧、礼義興行す。非常の恩は、弥々数(しばしば)すべからず。将に恐る、愚人は常に僥幸を冀(こいねが)い、惟だ法を犯すを欲して、過ちを改むる能わざるを」と。
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貞観政要・公平是の時、朝廷は大いに選挙を開く。或いは階資を詐偽する者有り。太宗其れをして自首せしむ。首せずんば、罪は死に至る。俄かに詐偽する者有り、事泄る。冑は法に拠りて流を断じて以て之を奏す。太宗曰く、「朕は初め敕を下し、首せざる者は死とす。今、断じて法に従う。是れ天下に示すに不信を以てするなり」と。冑曰く、「陛下、当に即ち之を殺すべくんば、臣の及ぶ所に非ず。既に所司に付す。臣は敢えて法を虧かず」と。太宗曰く、「卿は自ら法を守りて、朕をして信を失わしむるか」と。冑曰く、「法は国家の大信を天下に布く所以なり。言は当時の喜怒の発する所のみ。陛下は一朝の忿を発して、之を殺すを許す。既に不可なるを知りて、之を寘(お)くに法を以てす。此れ乃ち小忿を忍びて大信を存するなり。臣窃かに陛下の為に之を惜しむ」と。太宗曰く、「朕が法に失う所有らば、卿能く之を正す。朕復た何をか憂えんや」と。
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貞観政要・刑法貞観元年、太宗侍臣に謂いて曰く、「死者は再び生くべからず。法を用うるは務めて寛簡に在り。古人云う、『棺を鬻(ひさ)ぐ者は歳の疫を欲す。人を疾(にく)むに非ず。棺の售(う)るに利あるが故なるのみ』と。今、法司は一獄を核理するに、必ず深刻を求む。其の考課を成さんと欲すればなり。今、何の法を作らば、平允ならしむるを得ん」と。諫議大夫王珪進みて曰く、「但だ公直良善の人を選び、獄を断ずること允当なる者は、秩を増し金を賜わば、即ち奸偽は自ら息(や)まん」と。詔して之に従う。太宗又た曰く、「古者、獄を断ずるに、必ず三槐・九棘の官に訊(と)う。今の三公・九卿は、即ち其の職なり。今より以後、大辟の罪は皆な中書・門下の四品以上及び尚書・九卿をして之を議せしめよ。此くの如くんば、庶(ちか)くは冤濫を免れん」と。是に由りて四年に至るまで、死刑を断ずること、天下に二十九人。幾(ほとん)ど刑措に致る。
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貞観政要・公平凡そ獄を理むるの情は、必ず犯す所の事に本づきて以て主と為す。敢えて訊せず、旁ら求めず、多端を貴びて、以て聡明を見(あら)わさず。故に律は其の挙劾の法を正し、其の辞を参伍す。実を求むる所以なり。実を飾る所以に非ず。但だ当に参伍して明らかに之を聴くべきのみ。獄吏をして鍛煉し理を飾り辞を手に成さしめず。孔子曰く、「古の獄を聴くは、之を生かす所以を求むるなり。今の獄を聴くは、之を殺す所以を求むるなり」と。故に言を析(さ)きて以て律を破り、案に任せて以て法を成し、左道を執りて以て必ず加うるなり。又た『淮南子』に曰く、「灃水の深きこと十仞。金鉄焉(ここ)に在らば、則ち形は外に見る。深く且つ清からざるに非ず。而れども魚鼈の之に帰する莫きなり」と。故に為す者は苛を以て察と為し、功を以て明と為し、下を刻するを以て忠と為し、訐(あば)くこと多きを以て功と為す。譬うれば猶お革を広ぐるがごとし。大なれば則ち大なり。裂くるの道なり。夫れ賞は宜しく重きに従うべく、罰は宜しく軽きに従うべし。君は其の厚きに居る。百王の通制なり。刑の軽重、恩の厚薄、思わるると疾(にく)まるると、其れ同日に言うべけんや。且つ法は国の権衡なり。時の準縄なり。権衡は軽重を定むる所以、準縄は曲直を正す所以なり。今、法を作るには其の寛平なるを貴び、人を罪するには其の厳酷なるを欲す。喜怒に志を肆(ほしいまま)にし、高下は心に在り。是れ則ち準縄を舎(す)てて以て曲直を正し、権衡を棄てて軽重を定むる者なり。亦た惑わずや。諸葛孔明は、小国の相なり。猶お曰く、「吾が心は秤の如し。人の為に軽重を作す能わず」と。況んや万乗の主、封ずべきの日に当たりて、心に任せて法を棄て、怨みを人に取るべけんや。
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