貞観政要 / 刑法
貞觀十六年,太宗謂大理卿孫伏伽曰:「夫作甲者欲其堅,恐人之傷;作箭者欲其銳,恐人不傷。何則?各有司存,利在稱職故也。朕常問法官刑罰輕重,每稱法網寬於往代,仍恐主獄之司,利在殺人,危人自達,以釣聲價。今之所憂,正在此耳。深宜禁止,務在寬平。」
新字:貞観十六年,太宗謂大理卿孫伏伽曰:「夫作甲者欲其堅,恐人之傷;作箭者欲其鋭,恐人不傷。何則?各有司存,利在称職故也。朕常問法官刑罰軽重,毎称法網寛於往代,仍恐主獄之司,利在殺人,危人自達,以釣声価。今之所憂,正在此耳。深宜禁止,務在寛平。」
書き下し
貞観十六年、太宗大理卿孫伏伽に謂いて曰く、「夫れ甲を作る者は其の堅きを欲す。人の傷つくを恐るればなり。箭を作る者は其の鋭きを欲す。人の傷つかざるを恐るればなり。何となれば、各々司存有り、利は称職に在るが故なり。朕は常に法官に刑罰の軽重を問う。毎に法網は往代より寛しと称す。仍お恐る、獄を主る司は、利は人を殺すに在り、人を危うくして自ら達し、以て声価を釣らんことを。今の憂うる所は、正に此に在るのみ。深く宜しく禁止し、務めて寛平に在るべし」と。
現代語訳
貞観十六年、太宗が大理卿の孫伏伽に言った。「そもそも鎧を作る者は堅くしたい。人が傷つくのを恐れるからだ。矢を作る者は鋭くしたい。人が傷つかないのを恐れるからだ。なぜか。それぞれ職分があり、利益が職務を果たすことにあるからだ。私はいつも法官に刑罰の軽重を尋ねる。いつも法の網は前代より寛いと言う。それでも恐れるのは、裁判を司る役所が、人を殺すことに利益を見出し、人を危うくして自らを世に出し、名声を釣ろうとすることだ。今憂えているのは、まさにこれだ。深く禁じ、努めて寛やかで公平であるべきだ」。
解説
「鎧を作る職人は、丈夫な鎧を作りたいと願う。人が傷つくのを恐れるからだ。矢を作る職人は、鋭い矢を作りたいと願う。人が傷つかないことを恐れるからだ」。太宗はこの譬えで、人の善し悪しではなく、それぞれの立場や利害がその人の望みを決めてしまうことを説きます。裁判を担う役人が「多く罰した方が評価される」という仕組みの中に置かれれば、悪い人でなくても自然と厳しい裁きに傾いてしまう。だから太宗は、法を担う役人が人を厳しく罰することで自分の手柄や評判を稼ごうとする風潮を強く戒めています。これは今の暮らしにもそのまま当てはまります。厳しく叱ることや点数の低さで評価される先生や上司は、知らず知らずのうちに厳しくなりがちです。人の心構えだけに頼るのではなく、良い行いが自然と報われる仕組みを整えることの大切さを、この一段は教えてくれます。
この章句が説くこと
作甲者欲其堅作箭者欲其鋭各有司存利在称職故也職分が願いを決める
関連する章句
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貞観政要・刑法貞観元年、太宗侍臣に謂いて曰く、「死者は再び生くべからず。法を用うるは務めて寛簡に在り。古人云う、『棺を鬻(ひさ)ぐ者は歳の疫を欲す。人を疾(にく)むに非ず。棺の售(う)るに利あるが故なるのみ』と。今、法司は一獄を核理するに、必ず深刻を求む。其の考課を成さんと欲すればなり。今、何の法を作らば、平允ならしむるを得ん」と。諫議大夫王珪進みて曰く、「但だ公直良善の人を選び、獄を断ずること允当なる者は、秩を増し金を賜わば、即ち奸偽は自ら息(や)まん」と。詔して之に従う。太宗又た曰く、「古者、獄を断ずるに、必ず三槐・九棘の官に訊(と)う。今の三公・九卿は、即ち其の職なり。今より以後、大辟の罪は皆な中書・門下の四品以上及び尚書・九卿をして之を議せしめよ。此くの如くんば、庶(ちか)くは冤濫を免れん」と。是に由りて四年に至るまで、死刑を断ずること、天下に二十九人。幾(ほとん)ど刑措に致る。
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貞観政要・公平凡そ獄を理むるの情は、必ず犯す所の事に本づきて以て主と為す。敢えて訊せず、旁ら求めず、多端を貴びて、以て聡明を見(あら)わさず。故に律は其の挙劾の法を正し、其の辞を参伍す。実を求むる所以なり。実を飾る所以に非ず。但だ当に参伍して明らかに之を聴くべきのみ。獄吏をして鍛煉し理を飾り辞を手に成さしめず。孔子曰く、「古の獄を聴くは、之を生かす所以を求むるなり。今の獄を聴くは、之を殺す所以を求むるなり」と。故に言を析(さ)きて以て律を破り、案に任せて以て法を成し、左道を執りて以て必ず加うるなり。又た『淮南子』に曰く、「灃水の深きこと十仞。金鉄焉(ここ)に在らば、則ち形は外に見る。深く且つ清からざるに非ず。而れども魚鼈の之に帰する莫きなり」と。故に為す者は苛を以て察と為し、功を以て明と為し、下を刻するを以て忠と為し、訐(あば)くこと多きを以て功と為す。譬うれば猶お革を広ぐるがごとし。大なれば則ち大なり。裂くるの道なり。夫れ賞は宜しく重きに従うべく、罰は宜しく軽きに従うべし。君は其の厚きに居る。百王の通制なり。刑の軽重、恩の厚薄、思わるると疾(にく)まるると、其れ同日に言うべけんや。且つ法は国の権衡なり。時の準縄なり。権衡は軽重を定むる所以、準縄は曲直を正す所以なり。今、法を作るには其の寛平なるを貴び、人を罪するには其の厳酷なるを欲す。喜怒に志を肆(ほしいまま)にし、高下は心に在り。是れ則ち準縄を舎(す)てて以て曲直を正し、権衡を棄てて軽重を定むる者なり。亦た惑わずや。諸葛孔明は、小国の相なり。猶お曰く、「吾が心は秤の如し。人の為に軽重を作す能わず」と。況んや万乗の主、封ずべきの日に当たりて、心に任せて法を棄て、怨みを人に取るべけんや。
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貞観政要・公平貞観の初め、志は公道に存す。人に犯す所有らば、一一法に於てす。縦(たと)い時に臨みて処断すること或いは軽重有るも、但だ臣下の執論を見れば、忻然として受納せざる無し。民は罪の私無きを知る。故に甘心して怨まず。臣下は言いて忤(さか)らわざるを見る。故に力を尽くして以て忠を効(いた)す。頃年より以来、意は漸く深刻なり。三面の網を開くと雖も、而して察して淵中の魚を見る。取捨は愛憎に在り、軽重は喜怒に由る。之を愛する者は、罪は重しと雖も強いて之が辞を為す。之を悪む者は、過ちは小なりと雖も深く其の意を探る。法に定科無く、情に任せて以て軽重す。人に執論有らば、之を疑うに阿偽を以てす。故に罰を受くる者は控告する所無く、官に当たる者は敢えて正言する莫し。其の心を服せずして、但だ其の口を窮む。之に罪を加えんと欲せば、其れ辞無からんや。又た五品已上に犯す有らば、悉く曹司をして聞奏せしむ。本と其の情状を察して、哀矜する所有らんと欲す。今は乃ち曲げて小節を求め、或いは其の罪を重くす。人をして攻撃せしめ、惟だ深からざるを恨む。事に重条無くんば、之を法外に求めて加うる所、十に六七有り。故に頃年、犯す者は上に聞こゆるを懼れ、法司に付するを得るを以て、多幸と為す。告訐已(や)まず、窮理息まず。君は上に私し、吏は下に奸なり。細過を求めて大体を忘れ、一罰を行いて衆奸を起こす。此れ乃ち公平の道に背き、泣辜(きゅうこ)の意に乖(そむ)く。其の人和し訟息(や)むを欲するも、得べからざるなり。
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