貞観政要 / 刑法
且我之所代,實在有隋。隋氏亂亡之源,聖明之所臨照。以隋氏之府藏譬今日之資儲,以隋氏之甲兵況當今之士馬,以隋氏之戶口校今時之百姓,度長比大,曾何等級?然隋氏以富強而喪敗,動之也;我以貧窮而安寧,靜之也。靜之則安,動之則亂,人皆知之,非隱而難見也,非微而難察也。然鮮蹈平易之途,多遵覆車之轍,何哉?在於安不思危、治不念亂、存不慮亡之所致也。昔隋氏之未亂,自謂必無亂;隋氏之未亡,自謂必不亡,所以甲兵屢動,徭役不息。至於將受戮辱,竟未悟其滅亡之所由也,可不哀哉!
新字:且我之所代,実在有隋。隋氏乱亡之源,聖明之所臨照。以隋氏之府蔵譬今日之資儲,以隋氏之甲兵況当今之士馬,以隋氏之戸口校今時之百姓,度長比大,曽何等級?然隋氏以富強而喪敗,動之也;我以貧窮而安寧,静之也。静之則安,動之則乱,人皆知之,非隠而難見也,非微而難察也。然鮮蹈平易之途,多遵覆車之轍,何哉?在於安不思危、治不念乱、存不慮亡之所致也。昔隋氏之未乱,自謂必無乱;隋氏之未亡,自謂必不亡,所以甲兵屡動,徭役不息。至於将受戮辱,竟未悟其滅亡之所由也,可不哀哉!
書き下し
且つ我の代わる所は、実に隋に在り。隋氏の乱亡の源は、聖明の臨照する所なり。隋氏の府蔵を以て今日の資儲に譬え、隋氏の甲兵を以て当今の士馬に況(たと)え、隋氏の戸口を以て今時の百姓に校(くら)ぶるに、長を度り大を比するに、曾て何の等級ぞ。然れども隋氏は富強を以て喪敗す。之を動かせばなり。我は貧窮を以て安寧なり。之を静かにすればなり。之を静かにすれば則ち安く、之を動かせば則ち乱る。人皆な之を知る。隠れて見難きに非ざるなり。微にして察し難きに非ざるなり。然れども平易の途を蹈むこと鮮(すく)なく、多く覆車の轍に遵うは、何ぞや。安きに危きを思わず、治に乱を念わず、存に亡を慮らざるの致す所に在り。昔、隋氏の未だ乱れざるや、自ら必ず乱れずと謂えり。隋氏の未だ亡びざるや、自ら必ず亡びずと謂えり。所以に甲兵は屢々動き、徭役は息(や)まず。将に戮辱を受けんとするに至るまで、竟に未だ其の滅亡の由る所を悟らず。哀しまざるべけんや。
現代語訳
そもそも我々が取って代わったのは、実に隋です。隋の乱れ滅びた源は、陛下がご覧になったところです。隋の蓄えを今日の備蓄に喩え、隋の兵を今の軍馬に喩え、隋の戸口を今の民に比べれば、長短大小を測って、何の等級がありましょう。それでも隋は富強でありながら滅びました。動かしたからです。我々は貧しくとも安寧です。静かにしているからです。静かにすれば安く、動かせば乱れる。人はみな知っています。隠れて見えにくいのでも、微かで察しにくいのでもない。それなのに平易な道を踏む者が少なく、多くが覆った車の轍に従うのは、なぜか。安きにいて危きを思わず、治まっていて乱を思わず、存続していて滅亡を思わないからです。昔、隋がまだ乱れなかった時、必ず乱れないと思っていた。滅びなかった時、必ず滅びないと思っていた。だから兵はしばしば動き、労役はやまなかった。辱めを受ける時になっても、ついに滅亡の理由を悟らなかった。哀しくないでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・君道昔、有隋(ゆうずい)に在りて、寰宇(かんう)を統一し、甲兵強鋭にして、三十余年、風は万里に行われ、威は殊俗を動かす。一旦、挙げて之を棄て、尽く他人の有と為る。彼の煬帝は豈に天下の治安を悪(にく)み、社稷の長久を欲せず、故に桀虐を行いて、以て滅亡に就かんとせしか。其の富強を恃みて、後患を虞(おもんばか)らず。天下を駆りて以て欲に従い、万物を罄(つ)くして自ら奉ず。域中の子女を采(と)り、遠方の奇異を求む。宮苑は是れ飾り、台榭(だいしゃ)は是れ崇(たっと)ぶ。徭役に時無く、干戈(かんか)戢(おさ)まらず。外には厳重を示し、内には険忌多し。讒邪なる者は必ず其の福を受け、忠正なる者は其の生を保つ莫し。上下相蒙(あいくら)まし、君臣の道隔たる。民は命に堪えず、率土(そつど)分崩す。遂に四海の尊を以て、匹夫の手に殞(お)つ。子孫は殄絶(てんぜつ)し、天下の笑いと為る。痛ましからざるべけんや。
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貞観政要・刑法夫れ形の美悪を鑒(かんが)むるは、必ず止水に就く。国の安危を鑒むるは、必ず亡国に取る。故に『詩』に曰く、「殷鑑遠からず。夏后の世に在り」と。又た曰く、「柯を伐り柯を伐る。其の則は遠からず」と。臣願わくは当今の動静、必ず隋氏を思いて以て殷鑑と為さば、則ち存亡の治乱は、得て知るべし。若し能く其の危うき所以を思わば、則ち安し。其の乱るる所以を思わば、則ち治まる。其の亡ぶる所以を思わば、則ち存す。存亡の在る所を知り、嗜欲を節して以て人に従い、遊畋の娯しみを省き、靡麗の作を息(や)め、不急の務を罷め、偏聴の怒りを慎み、忠厚に近づき、便佞を遠ざけ、耳に悦ぶの邪説を杜(ふさ)ぎ、口に苦きの忠言を甘しとし、進み易きの人を去り、得難きの貨を賤しみ、堯舜の誹謗を采り、禹湯の己を罪するを追い、十家の産を惜しみ、百姓の心に順い、近く諸を身に取り、恕して以て物を待し、労謙して以て益を受くるを思い、自ら満たずして以て損を招かず。動く有らば則ち庶類は以て和し、言を出せば千里も斯に応ぜん。上徳を前載に超え、風声を後昆に樹つ。此れ聖哲の宏観にして、帝王の大業なり。能事は斯に畢(お)わる。慎み守るに在るのみ。
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貞観政要・辨興亡貞観二年、太宗黄門侍郎王珪に謂いて曰く、「隋の開皇十四年、大旱にして、人は多く饑乏す。是の時、倉庫は盈溢す。竟に賑給を許さず。乃ち百姓をして糧を逐わしむ。隋文は百姓を憐れまずして倉庫を惜しむ。末年に至るに比し、天下の儲積を計るに、五六十年に供するを得たり。煬帝は此の富饒を恃む。奢華無道なる所以なり。遂に滅亡を致す。煬帝の国を失うも、亦た此に由る。凡そ国を理むる者は、務めて人に積む。其の倉庫を盈たすに在らず。古人云う、『百姓足らずんば、君孰(たれ)と与に足らんや』と。但だ倉庫をして凶年に備うべからしめば、此の外、何ぞ儲蓄を煩わさんや。後嗣若し賢ならば、自ら能く其の天下を保たん。如し其れ不肖ならば、多く倉庫に積むは、徒らに其の奢侈を益すのみ。危亡の本なり」と。
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貞観政要・奢縦往者、貞観の初め、率土は霜倹なり。一匹の絹は才かに粟一斗を得たり。而して天下は帖然たり。百姓は陛下の甚だ之を憂憐するを知る。故に人人自ら安んじ、曾て謗讟無し。五六年より来、頻歳豊稔なり。一匹の絹は十余石の粟を得たり。而して百姓は皆な陛下の之を憂憐せざるを以て、咸な怨言有り。又た今、営為する所の者、頗る不急の務多きが故なり。古より以来、国の興亡は蓄積の多少に由らず、惟だ百姓の苦楽に在り。且つ近事を以て之を験するに、隋家は洛口倉に貯う。而して李密之に因る。東京に布帛を積む。王世充之に拠る。西京の府庫も亦た国家の用と為る。今に至るまで未だ尽きず。向(も)し洛口・東都に粟帛無からしめば、即ち世充・李密は未だ必ずしも能く大衆を聚めざらん。但だ貯積する者は固より是れ国の常事なり。要は当に人に余力有りて而る後に之を収むべし。若し人は労して強いて之を斂めば、竟に以て寇に資す。之を積むも益無きなり。然れども倹以て人を息(やす)ましむるは、貞観の初め、陛下已に躬ら之を為す。故に今、之を行うも難からざるなり。之を為すこと一日ならば、則ち天下之を知り、式(もっ)て歌い且つ舞わん。若し人は既に労し、而して之を用いて息(や)まずんば、倘(も)し中国が水旱の災を被り、辺方に風塵の警有り、狂狡之に因りて窃発せば、則ち測るべからざるの事有らん。徒らに聖躬の旰食晏寝するのみに非ざるなり。若し陛下の聖明を以て、誠に精を励まして政を為さんと欲せば、遠く上古の術を求むるを煩わさず。但だ貞観の初めに及ばば、則ち天下幸甚なり。
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貞観政要・奢縦臣窃かに往代より以来の成敗の事を尋ぬるに、但だ黎庶の怨叛し、聚まりて盗賊と為るのみ有らば、其の国は即ち滅せざる無し。人主は悔い改めんと欲すと雖も、未だ重ねて能く安全なる者有らず。凡そ政教を修むるは、当に之を修むべきの時に之を修むべし。若し事変一たび起こりて、而る後に之を悔ゆれば、則ち益無きなり。故に人主は前代の亡ぶるを見る毎に、則ち其の政教の喪ぶる所以を知る。而して皆な其の身に失有るを知らず。是を以て殷の紂は夏の桀の亡ぶるを笑う。而して幽・厲も亦た殷の紂の滅ぶるを笑う。隋帝は大業の初め、又た周・斉の国を失うを笑う。然れども今の煬帝を視るは、亦た猶お煬帝の周・斉を視るがごときなり。故に京房は漢の元帝に謂いて云う、「臣は恐る、後の今を視るも、亦た猶お今の古を視るがごとからんことを」と。此の言は戒めざるべからざるなり。
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貞観政要・政体貞観九年、太宗侍臣に謂いて曰く、「往昔、初めて京師を平らぐるに、宮中の美女珍玩、院として満たざる無し。煬帝の意は猶お足らずとし、征求已(や)む無し。兼ねて東西に征討し、兵を窮め武を黷(けが)す。百姓堪えず、遂に亡滅を致す。此れ皆な朕の目に見る所なり。故に夙夜孜孜(しし)として、惟だ清浄を欲し、天下をして事無からしむ。遂に徭役興らず、年穀豊稔(ほうじん)、百姓安楽なるを得たり。夫れ国を治むるは猶お樹を栽(う)うるが如し。本根揺るがざれば、則ち枝葉茂栄す。君能く清浄なれば、百姓何ぞ安楽ならざるを得んや」と。
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