貞観政要 / 刑法
蘊古,初以貞觀二年,自幽州總管府記室兼直中書省,表上《大寶箴》,文義甚美,可以規誡。其詞曰:
新字:蘊古,初以貞観二年,自幽州総管府記室兼直中書省,表上《大宝箴》,文義甚美,可以規誡。其詞曰:
書き下し
蘊古は、初め貞観二年を以て、幽州総管府記室より中書省に兼直す。表して『大宝箴』を上る。文義は甚だ美なり。以て規誡すべし。其の詞に曰く、
現代語訳
張蘊古は、貞観二年、幽州総管府の記室から中書省に兼務した。上表して『大宝箴』を奉った。文章と意味はきわめて美しく、戒めとするに足りた。その詞に言った。
解説
張蘊古は貞観二年、幽州の総管府から中書省の仕事を兼ねることになり、その時に『大宝箴』という戒めの文章を奉りました。文章も意味も美しく、手本になるものでした。ところが後に彼は法を扱う役人として重い過ちを犯し、命を落とすことになります。それでもこの文章は書物にきちんと残されました。人の功績と過ちは、別々の帳面に書かれるべきものです。一つの失敗で、その人が積み重ねてきた良い仕事や言葉まで全部消してしまうのは、公平ではありません。たとえば、長く近所の世話役を務めてきた人が一度大きな判断を誤ったとしても、それまでの人望や助言の価値まで無かったことにする必要はないのです。良いところは良いところとして、きちんと残しておくことが大切だと思います。
この章句が説くこと
上大宝箴文義甚美可以規誡功と罪を別に記す