貞観政要 / 務農
貞觀五年,有司上書言:「皇太子將行冠禮,宜用二月為吉,請追兵以備儀註。」太宗曰:「今東作方興,恐妨農事。」令改用十月。太子少保蕭瑀奏言:「準陰陽家,用二月為勝。」太宗曰:「陰陽拘忌,朕所不行。若動靜必依陰陽,不顧理義,欲求福祐,其可得乎?若所行皆遵正道,自然常與吉會。且吉兇在人,豈假陰陽拘忌?農時甚要,不可暫失。」
新字:貞観五年,有司上書言:「皇太子将行冠礼,宜用二月為吉,請追兵以備儀註。」太宗曰:「今東作方興,恐妨農事。」令改用十月。太子少保蕭瑀奏言:「準陰陽家,用二月為勝。」太宗曰:「陰陽拘忌,朕所不行。若動静必依陰陽,不顧理義,欲求福祐,其可得乎?若所行皆遵正道,自然常与吉会。且吉兇在人,豈仮陰陽拘忌?農時甚要,不可暫失。」
書き下し
貞観五年、有司書を上りて言う、「皇太子将に冠礼を行わんとす。宜しく二月を用うるを吉と為すべし。請う、兵を追いて以て儀注に備えん」と。太宗曰く、「今、東作方(まさ)に興る。恐らくは農事を妨げん」と。改めて十月を用いしむ。太子少保蕭瑀奏言す、「陰陽家に準ずるに、二月を用うるを勝れりと為す」と。太宗曰く、「陰陽の拘忌は、朕の行わざる所なり。若し動静必ず陰陽に依り、理義を顧みずして、福祐を求めんと欲するも、其れ得べけんや。若し行う所皆な正道に遵わば、自然に常に吉と会わん。且つ吉凶は人に在り。豈に陰陽の拘忌を假(か)らんや。農時は甚だ要なり。暫くも失うべからず」と。
現代語訳
貞観五年、担当の役所が上書して言った。「皇太子が元服の礼を行われます。二月を用いるのが吉です。兵を集めて儀式に備えることを願います」。太宗は言った。「今は春の耕作が始まる。農事を妨げるだろう」。そして十月に改めさせた。太子少保の蕭瑀が奏上した。「陰陽家によれば、二月を用いるのが優れています」。太宗は言った。「陰陽の忌みごとは、私の行わないところだ。もし行動を必ず陰陽によって決め、道理を顧みずに幸いを求めても、得られようか。もし行うことがすべて正道に従えば、自然に常に吉と出会う。それに吉凶は人にある。どうして陰陽の忌みごとに頼るのか。農作の時期は極めて重要だ。しばらくも失ってはならない」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・務農貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「凡そ事は皆な須らく本を務むべし。国は人を以て本と為し、人は衣食を以て本と為し、凡そ衣食を営むは、時を失わざるを以て本と為す。夫れ時を失わざる者は、人君の簡静なるに在りて乃ち致すべきのみ。若し兵戈屢々動き、土木息(や)まずして、農時を奪わざらんと欲するも、其れ得べけんや」と。王珪曰く、「昔、秦皇・漢武は、外は則ち兵戈を窮極し、内は則ち宮室を崇侈す。人力既に竭き、禍難遂に興る。彼は豈に人を安んぜんと欲せざらんや。人を安んずる所以の道を失えばなり。亡隋の轍、殷鑑遠からず。陛下は親しく其の弊を承け、之を易(か)うる所以を知る。然れども初めに在りては則ち易く、之を終うるは実に難し。伏して願わくは終わりを慎むこと始めの如くせば、方に其の美を尽くさん」と。太宗曰く、「公の言は是なり。夫れ人を安んじ国を寧んずるは、惟だ君に在り。君無為なれば則ち人楽しみ、君多欲なれば則ち人苦しむ。朕の情を抑え欲を損じ、己に克ちて自ら励ます所以なり」と。
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貞観政要・災祥伏して惟うに陛下、古今の事を覧、安危の機を察す。上は社稷を以て重しと為し、下は億兆を以て念に在らしむ。選挙を明らかにし、賞罰を慎み、賢才を進め、不肖を退く。過ちを聞かば即ち改め、諫に従うこと流るるが如し。善を為すは疑わざるに在り。令を出すは必ず信なるを期す。神を頤(やしな)い性を養い、遊畋の娯しみを省く。奢を云(へ)らして倹に従い、工役の費を減ず。務めて方内を静かにして、土を辟(ひら)くを求めず。弓矢を載橐(さいたく)して、武備を忘れず。凡そ此の数者は、国を為むるの恒道なりと雖も、陛下の常に行う所なり。臣の愚昧は、惟だ願わくは陛下、思いて怠らずんば、則ち至道の美は三・五と隆きを比べ、億載の祚は天地と長久ならん。桑穀をして妖を為し、龍蛇をして孽(わざわい)を作し、雉は鼎耳に雊(な)き、石は晋地に言うと雖も、猶お当に禍を転じて福と為し、災を変じて祥と為すべし。況んや雨水の患いは、陰陽の恒理なり。豈に天譴と謂いて聖心に系(か)くべけんや。臣聞く、古人に言える有り、「農夫は労して君子は養わる。愚者は言いて智者は択ぶ」と。輒(すなわ)ち狂瞽を陳ぶ。伏して斧鉞を待つ。
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貞観政要・務農貞観二年、京師旱にして、蝗虫大いに起こる。太宗、苑に入りて禾を視る。蝗虫を見て、数枚を掇(と)りて咒(の)りて曰く、「人は穀を以て命と為す。而るに汝之を食らう。是れ百姓に害あり。百姓に過ち有らば、予一人に在り。爾(なんじ)其れ霊有らば、但だ当に我が心を蝕むべし。百姓を害する無かれ」と。将に之を吞まんとす。左右遽かに諫めて曰く、「恐らくは疾を成さん。不可なり」と。太宗曰く、「冀(こいねが)う所は災を朕が躬に移すことなり。何の疾をか避けんや」と。遂に之を吞む。是より蝗は復た災を為さず。
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貞観政要・災祥貞観六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は此に衆議の祥瑞を以て美事と為し、頻りに表して賀慶する有るを見る。朕が本心の如きは、但だ天下をして太平ならしめ、家は給し人は足らば、祥瑞無しと雖も、亦た徳を堯・舜に比すべし。若し百姓足らず、夷狄内侵せば、縦い芝草の街衢に遍く、鳳凰の苑囿に巣くう有るとも、亦た何ぞ桀・紂に異ならんや。嘗て聞く、石勒の時、郡吏の連理の木を燃やし、白雉の肉を煮て吃(くら)う有り、と。豈に称して明主と為すを得んや。又た隋の文帝は深く祥瑞を愛す。秘書監王劭を遣わして衣冠を著け、朝堂に在りて考使に対して香を焚き、『皇隋感瑞経』を読ましむ。旧(もと)嘗て此の事を伝説するを見る。実に以て笑うべしと為す。夫れ人君と為らば、当に須らく至公にして天下を理め、以て万姓の歓心を得べし。若し堯・舜、上に在らば、百姓は之を敬すること天地の如く、之を愛すること父母の如し。動作興事すれば、人は皆な之を楽しみ、号を発し令を施せば、人は皆な之を悦ぶ。此れ是れ大祥瑞なり。此より後、諸州の有らゆる祥瑞は、並びに申奏を用いざれ」と。
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