貞観政要 / 務農
貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「凡事皆須務本。國以人為本,人以衣食為本,凡營衣食,以不失時為本。夫不失時者,在人君簡靜乃可致耳。若兵戈屢動,土木不息,而欲不奪農時,其可得乎?」王珪曰:「昔秦皇、漢武,外則窮極兵戈,內則崇侈宮室,人力既竭,禍難遂興。彼豈不欲安人乎?失所以安人之道也。亡隋之轍,殷鑒不遠,陛下親承其弊,知所以易之。然在初則易,終之實難。伏願慎終如始,方盡其美。」太宗曰:「公言是也。夫安人寧國,惟在於君。君無為則人樂,君多欲則人苦。朕所以抑情損欲,克己自勵耳。」
新字:貞観二年,太宗謂侍臣曰:「凡事皆須務本。国以人為本,人以衣食為本,凡営衣食,以不失時為本。夫不失時者,在人君簡静乃可致耳。若兵戈屡動,土木不息,而欲不奪農時,其可得乎?」王珪曰:「昔秦皇、漢武,外則窮極兵戈,内則崇侈宮室,人力既竭,禍難遂興。彼豈不欲安人乎?失所以安人之道也。亡隋之轍,殷鑒不遠,陛下親承其弊,知所以易之。然在初則易,終之実難。伏願慎終如始,方尽其美。」太宗曰:「公言是也。夫安人寧国,惟在於君。君無為則人楽,君多欲則人苦。朕所以抑情損欲,克己自励耳。」
書き下し
貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「凡そ事は皆な須らく本を務むべし。国は人を以て本と為し、人は衣食を以て本と為し、凡そ衣食を営むは、時を失わざるを以て本と為す。夫れ時を失わざる者は、人君の簡静なるに在りて乃ち致すべきのみ。若し兵戈屢々動き、土木息(や)まずして、農時を奪わざらんと欲するも、其れ得べけんや」と。王珪曰く、「昔、秦皇・漢武は、外は則ち兵戈を窮極し、内は則ち宮室を崇侈す。人力既に竭き、禍難遂に興る。彼は豈に人を安んぜんと欲せざらんや。人を安んずる所以の道を失えばなり。亡隋の轍、殷鑑遠からず。陛下は親しく其の弊を承け、之を易(か)うる所以を知る。然れども初めに在りては則ち易く、之を終うるは実に難し。伏して願わくは終わりを慎むこと始めの如くせば、方に其の美を尽くさん」と。太宗曰く、「公の言は是なり。夫れ人を安んじ国を寧んずるは、惟だ君に在り。君無為なれば則ち人楽しみ、君多欲なれば則ち人苦しむ。朕の情を抑え欲を損じ、己に克ちて自ら励ます所以なり」と。
現代語訳
貞観二年、太宗が側近の臣に言った。「およそ事は、すべて根本に努めるべきだ。国は人を根本とし、人は衣食を根本とし、衣食を営むには、時期を失わないことを根本とする。時期を失わないためには、君主が簡素で静かであってこそ実現できる。もし戦がしばしば起こり、土木工事が止まないのに、農作の時期を奪うまいとしても、できるだろうか」。王珪が言った。「昔、秦の始皇帝と漢の武帝は、外では戦を極め、内では宮殿を華美にしました。人の力が尽き、禍がついに起きました。彼らは人を安んじたくなかったのでしょうか。人を安んじる方法を誤ったのです。滅んだ隋の轍は、遠い鑑ではありません。陛下は自らその弊害を受け継ぎ、改める方法を知っておられる。しかし初めは易しく、終わりを全うすることは実に難しい。伏して願わくは、終わりを始めのように慎まれれば、美を尽くせましょう」。太宗は言った。「あなたの言葉は正しい。人を安んじ国を寧らかにするのは、ただ君主にかかっている。君主が何もしなければ人は楽しみ、君主が欲深ければ人は苦しむ。私が情を抑え欲を損ない、自らに克って励む理由だ」。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・務農貞観十六年、太宗は天下の粟価、率(おおむ)ね計るに斗ごとに五銭に値し、其の尤も賤しき処は、計るに斗ごとに三銭に値するを以て、因りて侍臣に謂いて曰く、「国は民を以て本と為し、人は食を以て命と為す。若し禾黍登らずんば、則ち兆庶は国家の有する所に非ず。既に豊稔の斯くの若きに属す。朕は億兆の人の父母と為る。唯だ躬ら倹約に務め、必ず輒(すなわ)ち奢侈を為さざらんことを欲す。朕は常に天下の人に賜い、皆な富貴ならしめんと欲す。今、徭賦を省き、其の時を奪わず、比屋の人をして其の耕稼を恣にせしむ。此れ則ち富めり。礼譲を敦行し、郷閭の間、少は長を敬い、妻は夫を敬わしむ。此れ則ち貴し。但だ天下をして皆な然らしめば、朕は管弦を聴かず、畋猟に従わずとも、楽しみは其の中に在り」と。
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『帝範』務農第十夫(そ)れ食(しょく)は人(ひと)の天(てん)為(た)り、農(のう)は政(まつりごと)の本(もと)為(た)り。倉廪(そうりん)實(み)つれば則(すなは)ち禮節(れいせつ)を知(し)り、衣食(いしょく)足(た)れば則(すなは)ち㢘恥(れんち)を志(こころざ)す。故(ゆゑ)に躬(みづか)ら東郊(とうこう)に耕(たがや)し、敬(つつし)みて人(ひと)に時(とき)を授(さづ)く。國(くに)に九嵗(きゅうさい)の儲(たくは)へ無(な)ければ、水旱(すいかん)に備(そな)ふるに足(た)らず、家(いへ)に一年(いちねん)の服(ふく)無(な)ければ、寒暑(かんしょ)を御(ふせ)ぐに足(た)らず。然(しか)るに莫(な)くんばあらず、犢(こうし)を帶(お)び牛(うし)を佩(お)び、堅(けん)を棄(す)てて偽(ぎ)に就(つ)く。什一(じゅういち)の利(り)を求(もと)めて、農桑(のうそう)の基(もとゐ)を廢(はい)す。一人(いちにん)耕(たがや)して百人(ひゃくにん)食(しょく)するを以(も)ってすれば、其(そ)の害(がい)為(た)るや、秋螟(しゅうめい)よりも甚(はなは)だし。禁(きん)じて浮華(ふか)を絶(た)ち、耕織(こうしょく)を勸課(かんか)し、人(ひと)をして其(そ)の本(もと)に還(かへ)らしめ、俗(ぞく)をして其(そ)の真(しん)に反(かへ)らしむるに若(し)くは莫(な)し。則(すなは)ち競(きそ)ひて仁義(じんぎ)の心(こころ)を懷(いだ)き、永(なが)く貪殘(たんざん)の路(みち)を絶(た)つ。此(こ)れ務農(むのう)の本(もと)なり。斯(こ)の二者(にしゃ)は、制俗(せいぞく)の機(き)なり。
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貞観政要・政体貞観九年、太宗侍臣に謂いて曰く、「往昔、初めて京師を平らぐるに、宮中の美女珍玩、院として満たざる無し。煬帝の意は猶お足らずとし、征求已(や)む無し。兼ねて東西に征討し、兵を窮め武を黷(けが)す。百姓堪えず、遂に亡滅を致す。此れ皆な朕の目に見る所なり。故に夙夜孜孜(しし)として、惟だ清浄を欲し、天下をして事無からしむ。遂に徭役興らず、年穀豊稔(ほうじん)、百姓安楽なるを得たり。夫れ国を治むるは猶お樹を栽(う)うるが如し。本根揺るがざれば、則ち枝葉茂栄す。君能く清浄なれば、百姓何ぞ安楽ならざるを得んや」と。
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貞観政要・君道貞観の初め、太宗侍臣に謂いて曰く、「君為(た)るの道は、必ず須(すべか)らく先ず百姓を存すべし。若し百姓を損じて以て其の身に奉ぜば、猶お股を割きて以て腹に啖(くら)わすがごとし。腹飽きて身斃(たお)る。若し天下を安んぜんとせば、必ず須らく先ず其の身を正すべし。未だ身正しくして影曲がり、上治まりて下乱るる者は有らず。朕は毎(つね)に思う、其の身を傷(そこな)う者は外物に在らず、皆な嗜欲に由りて以て其の禍を成す、と。若し滋味に躭嗜(たんし)し、声色に玩悦(がんえつ)せば、欲する所既に多く、損ずる所も亦た大なり。既に政事を妨げ、又た生民を擾(みだ)す。且つ復た一の非理の言を出ださば、万姓之が為に解体し、怨讟(えんとく)既に作(おこ)り、離叛も亦た興らん。朕は毎に此を思い、敢えて縦逸せず」と。諫議大夫魏徴対えて曰く、「古者(いにしえ)聖哲の主は、皆な亦た近く諸(これ)を身に取る。故に能く遠く諸を物に体す。昔、楚は詹何(せんか)を聘し、其の国を理むるの要を問う。詹何は対うるに修身の術を以てす。楚王又た問う、国を理むること何如、と。詹何曰く、『未だ身理まりて国乱るる者を聞かず』と。陛下の明らかにする所、実に古義に同じ」と。
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貞観政要・倹約貞観元年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古より帝王、凡そ興造有らば、必ず須らく物情に順うを貴ぶべし。昔、大禹は九山を鑿ち、九江を通ず。人力を用うること極めて広し。而して怨讟(えんとく)無き者は、物情の欲する所にして、衆の共に有する所なるが故なり。秦の始皇は宮室を営建す。而して人の謗議する者多きは、其の私欲に徇(したが)い、衆と共にせざるが故なり。朕は今、一殿を造らんと欲す。材木已に具わる。遠く秦皇の事を想い、遂に復た作さざるなり。古人云う、『無益を作して有益を害せず』と。『欲すべきを見ざれば、民の心をして乱れざらしむ』と。固より知る、欲すべきを見れば、其の心必ず乱るるを。器物を雕鏤し、珠玉服玩するが如きに至りては、若し其の驕奢を恣にせば、則ち危亡の期は立ちどころに待つべきなり。王公より以下、第宅・車服・婚嫁・喪葬、品秩に準じて服用に合わざる者は、宜しく一切禁断すべし」と。是に由りて二十年の間、風俗は簡朴、衣に錦繡無く、財帛は富饒にして、饑寒の弊無し。
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貞観政要・奢縦往者、貞観の初め、率土は霜倹なり。一匹の絹は才かに粟一斗を得たり。而して天下は帖然たり。百姓は陛下の甚だ之を憂憐するを知る。故に人人自ら安んじ、曾て謗讟無し。五六年より来、頻歳豊稔なり。一匹の絹は十余石の粟を得たり。而して百姓は皆な陛下の之を憂憐せざるを以て、咸な怨言有り。又た今、営為する所の者、頗る不急の務多きが故なり。古より以来、国の興亡は蓄積の多少に由らず、惟だ百姓の苦楽に在り。且つ近事を以て之を験するに、隋家は洛口倉に貯う。而して李密之に因る。東京に布帛を積む。王世充之に拠る。西京の府庫も亦た国家の用と為る。今に至るまで未だ尽きず。向(も)し洛口・東都に粟帛無からしめば、即ち世充・李密は未だ必ずしも能く大衆を聚めざらん。但だ貯積する者は固より是れ国の常事なり。要は当に人に余力有りて而る後に之を収むべし。若し人は労して強いて之を斂めば、竟に以て寇に資す。之を積むも益無きなり。然れども倹以て人を息(やす)ましむるは、貞観の初め、陛下已に躬ら之を為す。故に今、之を行うも難からざるなり。之を為すこと一日ならば、則ち天下之を知り、式(もっ)て歌い且つ舞わん。若し人は既に労し、而して之を用いて息(や)まずんば、倘(も)し中国が水旱の災を被り、辺方に風塵の警有り、狂狡之に因りて窃発せば、則ち測るべからざるの事有らん。徒らに聖躬の旰食晏寝するのみに非ざるなり。若し陛下の聖明を以て、誠に精を励まして政を為さんと欲せば、遠く上古の術を求むるを煩わさず。但だ貞観の初めに及ばば、則ち天下幸甚なり。
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