貞観政要 / 礼楽
太常少卿祖孝孫奏所定新樂。太宗曰:「禮樂之作,是聖人緣物設教,以為撙節,治政善惡,豈此之由?」御史大夫杜淹對曰:「前代興亡,實由於樂。陳將亡也為《玉樹後庭花》,齊將亡也而為《伴侶曲》,行路聞之,莫不悲泣,所謂亡國之音。以是觀之,實由於樂。」太宗曰:「不然,夫音聲豈能感人?歡者聞之則悅,哀者聽之則悲。悲悅在於人心,非由樂也。將亡之政,其人心苦,然苦心相感,故聞之則悲耳。何樂聲哀怨,能使悅者悲乎?今《玉樹》、《伴侶》之曲,其聲具存,朕能為公奏之,知公必不悲耳。」尚書右丞魏徵進曰:「古人稱:禮云,禮云,玉帛云乎哉!樂云,樂云,鐘鼓云乎哉!樂在人和,不由音調。」太宗然之。
新字:太常少卿祖孝孫奏所定新楽。太宗曰:「礼楽之作,是聖人縁物設教,以為撙節,治政善悪,豈此之由?」御史大夫杜淹対曰:「前代興亡,実由於楽。陳将亡也為《玉樹後庭花》,斉将亡也而為《伴侶曲》,行路聞之,莫不悲泣,所謂亡国之音。以是観之,実由於楽。」太宗曰:「不然,夫音声豈能感人?歓者聞之則悅,哀者聴之則悲。悲悅在於人心,非由楽也。将亡之政,其人心苦,然苦心相感,故聞之則悲耳。何楽声哀怨,能使悅者悲乎?今《玉樹》、《伴侶》之曲,其声具存,朕能為公奏之,知公必不悲耳。」尚書右丞魏徴進曰:「古人稱:礼云,礼云,玉帛云乎哉!楽云,楽云,鐘鼓云乎哉!楽在人和,不由音調。」太宗然之。
書き下し
太常少卿祖孝孫、定むる所の新楽を奏す。太宗曰く、「礼楽の作るは、是れ聖人の物に縁りて教えを設け、以て撙節(そんせつ)と為す。治政の善悪は、豈に此に由らんや」と。御史大夫杜淹対えて曰く、「前代の興亡は、実に楽に由る。陳の将に亡びんとするや『玉樹後庭花』を為り、斉の将に亡びんとするや『伴侶曲』を為る。行路も之を聞けば、悲泣せざる莫し。所謂る亡国の音なり。是を以て之を観れば、実に楽に由る」と。太宗曰く、「然らず。夫れ音声は豈に能く人を感ぜしめんや。歓ぶ者は之を聞けば則ち悦び、哀しむ者は之を聴けば則ち悲しむ。悲悦は人心に在り。楽に由るに非ざるなり。将に亡びんとするの政は、其の人心苦し。然れども苦心相い感ず。故に之を聞けば則ち悲しむのみ。何ぞ楽声の哀怨なる、能く悦ぶ者をして悲しましめんや。今、『玉樹』『伴侶』の曲は、其の声具さに存す。朕は能く公の為に之を奏せん。公の必ず悲しまざるを知るのみ」と。尚書右丞魏徴進みて曰く、「古人は称す、礼と云い、礼と云うも、玉帛を云わんや。楽と云い、楽と云うも、鐘鼓を云わんや、と。楽は人の和に在り。音調に由らず」と。太宗之を然りとす。
現代語訳
太常少卿の祖孝孫が、新しく定めた音楽を奏した。太宗は言った。「礼と楽が作られたのは、聖人が物事に応じて教えを設け、節度としたものだ。政治の善悪が、どうしてこれによるのか」。御史大夫の杜淹が答えて言った。「前代の興亡は、実に音楽によります。陳が滅びようとする時『玉樹後庭花』を作り、北斉が滅びようとする時『伴侶曲』を作りました。道行く人も聞けば、悲しんで泣かない者はなかった。いわゆる亡国の音です。これから見れば、実に音楽によります」。太宗は言った。「そうではない。そもそも音が、人を感動させられようか。喜ぶ者が聞けば悦び、哀しむ者が聴けば悲しむ。悲しみも悦びも人の心にある。音楽によるのではない。滅びようとする政治では、人の心が苦しい。その苦しい心が共鳴するから、聞けば悲しくなるだけだ。どうして音楽の哀調が、喜んでいる者を悲しませられようか。今、『玉樹』や『伴侶』の曲は、その音がすべて残っている。私はあなたのために奏でられる。あなたが決して悲しまないと知っている」。尚書右丞の魏徴が進み出て言った。「古人はこう言いました。礼と言い礼と言うが、玉や絹のことか。楽と言い楽と言うが、鐘や太鼓のことか、と。楽は人の和にあり、音の調べによるのではありません」。太宗はこれをよしとした。