貞観政要 / 礼楽
貞觀十四年,太宗謂禮官曰:「同爨尚有緦麻之恩,而嫂叔無服,又舅之與姨,親疏相似,而服之有殊,未為得禮,宜集學者詳議。餘有親重而服輕者,亦附奏聞。」是月尚書八座與禮官定議曰:
新字:貞観十四年,太宗謂礼官曰:「同爨尚有緦麻之恩,而嫂叔無服,又舅之与姨,親疏相似,而服之有殊,未為得礼,宜集学者詳議。余有親重而服軽者,亦附奏聞。」是月尚書八座与礼官定議曰:
書き下し
貞観十四年、太宗礼官に謂いて曰く、「爨(かしぎ)を同じくするすら尚お緦麻(しま)の恩有り。而るに嫂叔に服無し。又た舅の姨に与(お)けるは、親疎相い似たり。而るに服の殊なる有り。未だ礼を得たりと為さず。宜しく学者を集めて詳議せしむべし。余に親は重くして服の軽き者有らば、亦た附して奏聞せよ」と。是の月、尚書八座と礼官と議を定めて曰く、
現代語訳
貞観十四年、太宗が礼を司る官に言った。「同じ竈で炊いた仲ですら、なお緦麻の喪服を着る恩がある。それなのに、兄嫁と義弟の間には喪服がない。また母方の伯叔父と母方の伯叔母では、親疎が似ているのに、喪服に差がある。まだ礼を得ていない。学者を集めて詳しく議論させよ。他にも、親しいのに喪服が軽い場合があれば、あわせて報告せよ」。この月、尚書省の八人の長官と礼官が議を定めて言った。
解説
同じ竈で食事をともにしただけの縁の薄い間柄でも、緦麻という軽い喪服を着る決まりがあるのに、兄嫁と義理の弟妹の間には喪服の定めが一切ありませんでした。また母方の伯父と伯母は同じくらい親しいはずなのに、着る喪服の重さには差がありました。太宗はこの食い違いに気づき、「これでは礼にかなっていない」と述べ、学者たちを集めて詳しく議論させ、他にも親しい間柄なのに軽く扱われている決まりがあれば報告するよう命じます。長年ずっとそうだったからという理由だけで、誰も疑問に思わなかった決まりです。家庭の中の役割分担や、地域の昔からの慣習でも、一度当たり前として通ってきたことを見直してみると、実は誰も得をしていない古い決まりだったということがよくあります。
この章句が説くこと
同爨尚有緦麻之恩而嫂叔無服未為得礼当たり前を疑う