貞観政要 / 礼楽
禮部尚書王珪子敬直,尚太宗女南平公主。珪曰:「《禮》有婦見舅姑之儀,自近代風俗弊薄,公主出降,此禮皆廢。主上欽明,動循法制,吾受公主謁見,豈為身榮,所以成國家之美耳。」遂與其妻就位而坐,令公主親執巾,行盥饋之道,禮成而退。太宗聞而稱善。是後公主下降有舅姑者,皆遣備行此禮。
新字:礼部尚書王珪子敬直,尚太宗女南平公主。珪曰:「《礼》有婦見舅姑之儀,自近代風俗弊薄,公主出降,此礼皆廃。主上欽明,動循法制,吾受公主謁見,豈為身栄,所以成国家之美耳。」遂与其妻就位而坐,令公主親執巾,行盥饋之道,礼成而退。太宗聞而称善。是後公主下降有舅姑者,皆遣備行此礼。
書き下し
礼部尚書王珪の子敬直、太宗の女南平公主を尚(めと)る。珪曰く、「『礼』に婦の舅姑に見(まみ)ゆるの儀有り。近代より風俗弊薄にして、公主の出降するに、此の礼は皆な廃す。主上は欽明にして、動もすれば法制に循う。吾が公主の謁見を受くるは、豈に身の栄の為ならんや。国家の美を成す所以のみ」と。遂に其の妻と位に就きて坐し、公主をして親ら巾を執らしめ、盥饋の道を行わしむ。礼成りて退く。太宗聞きて善しと称す。是の後、公主の下降して舅姑有る者は、皆な遣わして此の礼を備え行わしむ。
現代語訳
礼部尚書の王珪の子である王敬直が、太宗の娘の南平公主を娶った。王珪は言った。「『礼記』には、嫁が舅姑に会う儀礼がある。近代は風俗が薄れ、公主が嫁ぐ際、この礼はみな廃れてしまった。主上は聡明で、常に法制に従われる。私が公主の謁見を受けるのは、身の栄誉のためではない。国家の美を成すためだ」。そして妻と席に着き、公主に自ら手拭いを持たせ、手洗いの水と食事を供する礼を行わせた。礼が終わって退いた。太宗はこれを聞いてよしとした。以後、公主が嫁いで舅姑がある場合は、みなこの礼を行わせた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
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