貞観政要 / 礼楽
貞觀四年,太宗謂侍臣曰:「經聞京城士庶居父母喪者,乃有信巫書之言,辰日不哭,以此辭於吊問,拘忌輟哀,敗俗傷風,極乖人理。宜令州縣教導,齊之以禮典。」
新字:貞観四年,太宗謂侍臣曰:「経聞京城士庶居父母喪者,乃有信巫書之言,辰日不哭,以此辞於吊問,拘忌輟哀,敗俗傷風,極乖人理。宜令州県教導,斉之以礼典。」
書き下し
貞観四年、太宗侍臣に謂いて曰く、「経(つね)に聞く、京城の士庶の父母の喪に居る者、乃ち巫書の言を信ずる有り。辰日は哭せずと。此を以て吊問を辞し、拘忌して哀を輟(や)む。俗を敗り風を傷り、極めて人理に乖(そむ)く。宜しく州県をして教導せしめ、之を斉うるに礼典を以てすべし」と。
現代語訳
貞観四年、太宗が側近の臣に言った。「常々聞くところでは、都の人々で父母の喪に服する者が、巫女の書の言葉を信じている。辰の日には泣かないという。これを理由に弔問を断り、忌みごとにこだわって哀しみをやめる。風俗を壊し、人の道理に甚だしく背いている。地方官に教え導かせ、礼の典によって正すべきだ」。
解説
占いを理由に、親の喪で泣くのをやめる。弔問も断る。太宗は「人の道理に背く」と怒ります。決まりごとが、感情の表現を封じている。しかも本人は、正しいことをしていると思っている。形式が心を殺す時、それは礼ではなく、迷信なのです。