貞観政要 / 文史
貞觀十四年,太宗謂房玄齡曰:「朕每觀前代史書,彰善癉惡,足為將來規誡。不知自古當代國史,何因不令帝王親見之?」對曰:「國史既善惡必書,庶幾人主不為非法。止應畏有忤旨,故不得見也。」太宗曰:「朕意殊不同古人。今欲自看國史者,蓋有善事,固不須論;若有不善,亦欲以為鑒誡,使得自修改耳。卿可撰錄進來。」玄齡等遂刪略國史為編年體,撰高祖、太宗實錄各二十卷,表上之。太宗見六月四日事,語多微文,乃謂玄齡曰:「昔周公誅管、蔡而周室安,季友鴆叔牙而魯國寧。朕之所為,義同此類,蓋所以安社稷,利萬民耳。史官執筆,何煩有隱?宜即改削浮詞,直書其事。」侍中魏徵奏曰:「臣聞人主位居尊極,無所忌憚。惟有國史,用為懲惡勸善,書不以實,後嗣何觀?陛下今遣史官正其辭,雅合至公之道。」
新字:貞観十四年,太宗謂房玄齢曰:「朕毎観前代史書,彰善癉悪,足為将来規誡。不知自古当代国史,何因不令帝王親見之?」対曰:「国史既善悪必書,庶幾人主不為非法。止応畏有忤旨,故不得見也。」太宗曰:「朕意殊不同古人。今欲自看国史者,蓋有善事,固不須論;若有不善,亦欲以為鑒誡,使得自修改耳。卿可撰録進来。」玄齢等遂刪略国史為編年体,撰高祖、太宗実録各二十巻,表上之。太宗見六月四日事,語多微文,乃謂玄齢曰:「昔周公誅管、蔡而周室安,季友鴆叔牙而魯国寧。朕之所為,義同此類,蓋所以安社稷,利万民耳。史官執筆,何煩有隠?宜即改削浮詞,直書其事。」侍中魏徴奏曰:「臣聞人主位居尊極,無所忌憚。惟有国史,用為懲悪勧善,書不以実,後嗣何観?陛下今遣史官正其辞,雅合至公之道。」
書き下し
貞観十四年、太宗房玄齢に謂いて曰く、「朕は前代の史書を観る毎に、善を彰らかにし悪を癉(にく)む。将来の規誡と為すに足る。知らず、古より当代の国史は、何に因りて帝王をして親しく之を見しめざるか」と。対えて曰く、「国史は既に善悪必ず書す。庶くは人主をして非法を為さざらしむ。止だ応に旨に忤(さか)らう有るを畏るべし。故に見るを得ざるなり」と。太宗曰く、「朕の意は殊に古人と同じからず。今、自ら国史を看んと欲する者は、蓋し善事有らば、固より論ずるを須(もち)いず。若し不善有らば、亦た以て鑒誡と為し、自ら修改するを得しめんと欲するのみ。卿、撰録して進め来たるべし」と。玄齢等、遂に国史を刪略して編年体と為し、高祖・太宗の実録各二十巻を撰し、表して之を上る。太宗は六月四日の事を見るに、語は微文多し。乃ち玄齢に謂いて曰く、「昔、周公は管・蔡を誅して周室安し。季友は叔牙を鴆して魯国寧し。朕の為す所は、義は此の類に同じ。蓋し社稷を安んじ、万民を利する所以なるのみ。史官の筆を執るに、何ぞ隠す有るを煩わさんや。宜しく即ち浮詞を改削し、直ちに其の事を書すべし」と。侍中魏徴奏して曰く、「臣聞く、人主は位は尊極に居り、忌憚する所無し。惟だ国史有りて、用て悪を懲らし善を勧むと為す。書して実を以てせずんば、後嗣何をか観ん。陛下、今、史官を遣わして其の辞を正さしむ。雅(まさ)に至公の道に合す」と。
現代語訳
貞観十四年、太宗が房玄齢に言った。「私は前代の史書を見るたび、善を明らかにし悪を憎んでいる。将来の戒めとするに足りる。しかし、なぜ昔から当代の国史を、帝王に見せないのか」。答えて言った。「国史は善悪を必ず書きます。それによって君主が不法を行わないようにする。ただ、ご意向に背くことを恐れるからです。だから見せないのです」。太宗は言った。「私の考えは、古人とは違う。今、自ら国史を見たいのは、善い事なら論じるまでもなく、もし善くない事があれば、戒めとして自ら改めたいからだ。あなたは編纂して差し出せ」。房玄齢らはそこで国史を簡略にして編年体とし、高祖と太宗の実録各二十巻を編纂して奉った。太宗は六月四日の事を見ると、言葉に婉曲な表現が多かった。そこで房玄齢に言った。「昔、周公は管叔と蔡叔を誅して周室が安らいだ。季友は叔牙を毒殺して魯国が安らいだ。私のしたことは、義においてこれと同じだ。国家を安んじ、万民を利するためだった。史官が筆を執るのに、どうして隠す必要があろう。ただちに飾った言葉を削り、ありのままに書け」。侍中の魏徴が奏上した。「臣はこう聞いております。君主は尊極の位にあり、憚るところがない。ただ国史だけが、悪を懲らし善を勧めるものです。事実どおりに書かなければ、後の世は何を見るのですか。陛下は今、史官にその言葉を正させようとされる。まさに公正の道にかないます」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・文史貞観の初め、太宗、監修国史房玄齢に謂いて曰く、「比(このごろ)前・後『漢史』を見るに、揚雄の『甘泉』『羽猟』、司馬相如の『子虚』『上林』、班固の『両都』等の賦を載録す。此れ既に文体は浮華にして、勧誡に益無し。何ぞ之を史策に書するを假(か)らんや。其の書を上りて事を論じ、詞理切直にして、政理に裨(おぎな)うべき者有らば、朕の従うと従わざるとを、皆な須らく備さに載すべし」と。
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貞観政要・文史貞観十一年、著作佐郎鄧隆、表して太宗の文章を編次して集と為さんことを請う。太宗謂いて曰く、「朕若し事を制し令を出し、人に益有る者は、史は則ち之を書す。不朽と為すに足る。若し事は古を師とせず、政を乱し物を害せば、詞藻有りと雖も、終に後代の笑いを貽(のこ)す。須(もと)むる所に非ざるなり。只だ梁の武帝父子及び陳の後主・隋の煬帝の如きは、亦た大いに文集有り。而して為す所は多く不法なり。宗社は皆な須臾にして傾覆す。凡そ人主は惟だ徳行に在り。何ぞ必ずしも文章を事とせんや」と。竟に許さず。
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貞観政要・杜讒邪貞観十六年、太宗諫議大夫褚遂良に謂いて曰く、「卿は起居を知る。比来、我が行事の善悪を記すか」と。遂良曰く、「史官の設くるは、君の挙は必ず書す。善は既に必ず書す。過も亦た隠す無し」と。太宗曰く、「朕は今、勤めて三事を行う。亦た史官の吾が悪を書かざらんことを望む。一には則ち前代の成敗の事を鑒み、以て元亀と為す。二には則ち善人を進用し、共に政道を成す。三には則ち群小を斥棄し、讒言を聴かず。吾は能く之を守り、終に転ぜざらん」と。
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貞観政要・文史貞観十三年、褚遂良は諫議大夫と為り、兼ねて起居注を知る。太宗問いて曰く、「卿は比(このごろ)起居を知る。何等の事を書するか。大抵、人君に於て観見するを得るや否や。朕は此の注記を見んと欲する者は、将に為す所の得失を却(かえ)りて観て、以て自ら警戒せんとするのみ」と。遂良曰く、「今の起居は、古の左・右史なり。人君の言行を記すを以てす。善悪畢(ことごと)く書す。庶(ちか)くは人主をして非法を為さざらしむ。未だ帝王の躬(みずか)ら史を観るを聞かず」と。太宗曰く、「朕に不善有らば、卿は必ず記すか」と。遂良曰く、「臣聞く、道を守るは官を守るに如かず、と。臣の職は当に筆を載すべし。何ぞ之を書せざらんや」と。黄門侍郎劉洎進みて曰く、「人君に過失有るは、日月の蝕の如し。人は皆な之を見る。設令(たと)い遂良記さずとも、天下の人は皆な之を記さん」と。
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貞観政要・教戒太子諸王貞観七年、太宗侍中魏徴に謂いて曰く、「古より侯王の能く自ら保全する者は甚だ少なし。皆な富貴に生長し、驕逸を好尚し、多くは君子に親しみ小人を遠ざくるを解せざるに由るのみ。朕の有らゆる子弟は、前言往行を見せしめ、其の以て規範と為さんことを冀う」と。因りて徴に命じて古来の帝王子弟の成敗の事を録せしめ、名づけて『自古諸侯王善悪録』と為し、以て諸王に賜う。其の序に曰く、
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貞観政要・政体貞観六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古人云く、『危うくして持せず、顛(たお)れて扶(たす)けずんば、焉くんぞ彼の相を用いん』と。君臣の義、忠を尽くし匡救せざるを得んや。朕嘗て書を読み、桀の関龍逄(かんりょうほう)を殺し、漢の黽錯(ちょうそ)を誅するを見る。未だ嘗て書を廃して嘆息せずんばあらず。公等但だ能く正詞直諫し、政教を裨益(ひえき)せば、終に顔を犯し旨に忤(さか)らうを以て、妄りに誅責有らざらん。朕、比来(ひらい)朝に臨みて断決するに、亦た律令に乖(そむ)く者有り。公等は以て小事と為し、遂に執言せず。凡そ大事は皆な小事より起こる。小事論ぜざれば、大事又た将に救うべからざらんとす。社稷の傾危、此に由らざる莫し。隋主は残暴にして、身は匹夫の手に死す。率土の蒼生、嗟痛(さつう)を聞くこと罕(まれ)なり。公等は朕の為に隋氏滅亡の事を思え。朕は公等の為に龍逄・晁錯の誅を思わん。君臣保全せば、豈に美ならずや」と。
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