貞観政要 / 文史
貞觀初,太宗謂監修國史房玄齡曰:「比見前、後《漢史》載錄揚雄《甘泉》、《羽獵》,司馬相如《子虛》、《上林》,班固《兩都》等賦,此既文體浮華,無益勸誡,何假書之史策?其有上書論事、詞理切直、可裨於政理者,朕從與不從皆須備載。」
新字:貞観初,太宗謂監修国史房玄齢曰:「比見前、後《漢史》載録揚雄《甘泉》、《羽猟》,司馬相如《子虚》、《上林》,班固《両都》等賦,此既文体浮華,無益勧誡,何仮書之史策?其有上書論事、詞理切直、可裨於政理者,朕従与不従皆須備載。」
書き下し
貞観の初め、太宗、監修国史房玄齢に謂いて曰く、「比(このごろ)前・後『漢史』を見るに、揚雄の『甘泉』『羽猟』、司馬相如の『子虚』『上林』、班固の『両都』等の賦を載録す。此れ既に文体は浮華にして、勧誡に益無し。何ぞ之を史策に書するを假(か)らんや。其の書を上りて事を論じ、詞理切直にして、政理に裨(おぎな)うべき者有らば、朕の従うと従わざるとを、皆な須らく備さに載すべし」と。
現代語訳
貞観の初め、太宗が国史の監修者である房玄齢に言った。「近頃、前漢書と後漢書を見ると、揚雄の『甘泉賦』『羽猟賦』、司馬相如の『子虚賦』『上林賦』、班固の『両都賦』などを載せている。これらは文体が浮ついて華やかで、教訓に益がない。どうして史書に書く必要があろうか。上書して事を論じ、言葉と道理が切実で率直で、政治に役立つものがあれば、私が従ったかどうかにかかわらず、すべて詳しく載せよ」。
解説
文史篇の冒頭です。太宗は房玄齢に、歴史書には美しい名文よりも、実際に役立つ言葉を記すよう命じます。揚雄や司馬相如といった名文家の華やかな作品は、確かに美しいけれど、人を戒め導く役には立たない。それよりも、道理にかなった率直な意見書があれば、たとえ自分がそれに従わなかった場合でも、すべて漏らさず記録に残せと言うのです。これは自分にとって都合の悪い記録まで、自ら後世に残させるということです。人はとかく、自分の失敗や聞き入れなかった忠告は隠したくなるものです。しかし、良かったことばかりを並べた記録では、後の人は何も学べません。家庭でも、うまくいかなかった子育てのやり方や、聞き流してしまった相談を正直に振り返ることこそ、次の世代への本当の贈り物になるのです。
この章句が説くこと
文体浮華無益勧誡朕従与不従皆須備載不都合な記録を残す
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