貞観政要 / 貪鄙
貞觀十六年,太宗謂侍臣曰:「古人云『鳥棲於林,猶恐其不高,復巢於木末;魚藏於水,猶恐其不深,復穴於窟下。然而為人所獲者,皆由貪餌故也。』今人臣受任,居高位,食厚祿,當須履忠正,蹈公清,則無災害,長守富貴矣。古人云:『禍福無門,惟人所召。』然陷其身者,皆為貪冒財利,與夫魚鳥何以異哉?卿等宜思此語為鑒誡。」
新字:貞観十六年,太宗謂侍臣曰:「古人云『鳥棲於林,猶恐其不高,復巣於木末;魚蔵於水,猶恐其不深,復穴於窟下。然而為人所獲者,皆由貪餌故也。』今人臣受任,居高位,食厚禄,当須履忠正,蹈公清,則無災害,長守富貴矣。古人云:『禍福無門,惟人所召。』然陥其身者,皆為貪冒財利,与夫魚鳥何以異哉?卿等宜思此語為鑒誡。」
書き下し
貞観十六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古人云う、『鳥は林に棲む。猶お其の高からざるを恐れ、復た木末に巣くう。魚は水に蔵る。猶お其の深からざるを恐れ、復た窟下に穴す。然り而して人の獲うる所と為る者は、皆な餌を貪るに由るが故なり』と。今、人臣は任を受け、高位に居り、厚禄を食む。当に須らく忠正を履み、公清を蹈むべし。則ち災害無く、長く富貴を守らん。古人云う、『禍福に門無し。惟だ人の召く所なり』と。然れども其の身を陥るる者は、皆な財利を貪冒するが為なり。夫の魚鳥と何を以て異ならんや。卿等宜しく此の語を思いて鑒誡と為すべし」と。
現代語訳
貞観十六年、太宗が側近の臣に言った。「古人はこう言った。『鳥は林に棲むが、なお高くないことを恐れて、梢に巣を作る。魚は水に隠れるが、なお深くないことを恐れて、洞穴に潜る。それでも人に捕らえられるのは、みな餌を貪るからだ』と。今、臣下は任を受け、高い位にあり、厚い俸禄を食んでいる。まさに忠と正を踏み、公と清を歩むべきだ。そうすれば災害はなく、長く富貴を守れる。古人は『禍福に決まった門はない。ただ人が招くものだ』と言った。しかし身を陥れる者は、みな財と利を貪るからだ。あの魚や鳥と、どこが違おうか。諸君はこの言葉を思い、戒めとせよ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・貪鄙貞観四年、太宗公卿に謂いて曰く、「朕は終日孜孜たり。但だ百姓を憂憐するのみに非ず。亦た卿等をして長く富貴を守らしめんと欲す。天は高からざるに非ず、地は厚からざるに非ず。朕は常に兢兢業業として、以て天地を畏る。卿等若し能く小心に法を奉じ、常に朕の天地を畏るるが如くんば、但だ百姓の安寧なるのみに非ず、自身も常に歓楽を得ん。古人云う、『賢者は財多ければ其の志を損じ、愚者は財多ければ其の過ちを生ず』と。此の言は深き誡と為すべし。若し私に徇(したが)い貪濁ならば、止だ公法を壊り、百姓を損するのみに非ず。縦(たと)い事は未だ発聞せずとも、中心豈に常に懼れざらんや。恐懼既に多くば、亦た因りて死を致す有り。大丈夫、豈に苟も財物を貪り、以て害の身命に及び、子孫をして毎に愧恥を懐かしむるを得んや。卿等宜しく深く此の言を思うべし」と。
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貞観政要・貪鄙貞観の初め、太宗侍臣に謂いて曰く、「人に明珠有らば、貴重せざる莫し。若し以て雀を弾(う)たば、豈に惜しむべきに非ずや。況んや人の性命は明珠より甚だし。金銭財帛を見て刑網を懼れず、径(ただ)ちに即ち受納するは、乃ち是れ性命を惜しまざるなり。明珠は是れ身外の物なり。尚お以て雀を弾つべからず。何ぞ況んや性命の重き、乃ち以て財物に博(か)えんや。群臣若し能く備さに忠直を尽くし、国に益し人に利あらば、則ち官爵は立ちどころに至らん。皆な此の道を以て栄を求むる能わず、遂に妄りに財物を受く。贓賄既に露われ、其の身も亦た殞(お)つ。実に笑いを為すべし。帝王も亦た然り。情を恣にし放逸し、労役すること度無く、群小を信任し、忠正を疎遠にす。一も此に有らば、豈に滅亡せざらんや。隋の煬帝は奢侈にして自ら賢とし、身は匹夫の手に死す。亦た笑うべきと為す」と。
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貞観政要・貪鄙貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は嘗て謂えらく、貪人は財を愛するを解せざるなり、と。内外の官の五品以上の如きに至りては、禄秩は優厚なり。一年の得る所、其の数は自ら多し。若し人の財賄を受くるも、数万に過ぎず。一朝彰露せば、禄秩は削奪せらる。此れ豈に是れ財物を愛するを解するならんや。小得を規(はか)りて大失する者なり。昔、公儀休は性、魚を嗜む。而も人の魚を受けず。其の魚は長く存す。且つ主と為りて貪らば、必ず其の国を喪う。臣と為りて貪らば、必ず其の身を亡ぼす。『詩』に云う、『大風に隧(みち)有り、貪人は類を敗る』と。固より謬言に非ざるなり。昔、秦の恵王、蜀を伐たんと欲す。其の径を知らず。乃ち五石牛を刻み、金を其の後に置く。蜀人之を見て、以為えらく牛は能く金を便ずと。蜀王は五丁力士をして牛を拖(ひ)きて蜀に入らしむ。道成る。秦師随いて之を伐つ。蜀国遂に亡ぶ。漢の大司農田延年は贓賄三千万。事覚われて自ら死す。此くの如きの流、何ぞ勝げて記すべけんや。朕は今、蜀王を以て元亀と為す。卿等も亦た須らく延年を以て覆轍と為すべし」と。
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貞観政要・仁義貞観十三年、太宗侍臣に謂いて曰く、「林深ければ則ち鳥棲み、水広ければ則ち魚遊ぶ。仁義積めば則ち物自ら之に帰す。人は皆な災害を畏れ避くるを知るも、仁義を行えば則ち災害生ぜざるを知らず。夫れ仁義の道は、当に之を心に思い、常に相い継がしむべし。若し斯須(ししゅ)も懈怠せば、之を去ること已に遠し。猶お飲食の身を資(やしな)い、恒に腹をして飽かしめ、乃ち其の性命を存すべきがごとし」と。王珪頓首して曰く、「陛下能く此の言を知る。天下幸甚なり」と。
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貞観政要・災祥伏して惟うに陛下、古今の事を覧、安危の機を察す。上は社稷を以て重しと為し、下は億兆を以て念に在らしむ。選挙を明らかにし、賞罰を慎み、賢才を進め、不肖を退く。過ちを聞かば即ち改め、諫に従うこと流るるが如し。善を為すは疑わざるに在り。令を出すは必ず信なるを期す。神を頤(やしな)い性を養い、遊畋の娯しみを省く。奢を云(へ)らして倹に従い、工役の費を減ず。務めて方内を静かにして、土を辟(ひら)くを求めず。弓矢を載橐(さいたく)して、武備を忘れず。凡そ此の数者は、国を為むるの恒道なりと雖も、陛下の常に行う所なり。臣の愚昧は、惟だ願わくは陛下、思いて怠らずんば、則ち至道の美は三・五と隆きを比べ、億載の祚は天地と長久ならん。桑穀をして妖を為し、龍蛇をして孽(わざわい)を作し、雉は鼎耳に雊(な)き、石は晋地に言うと雖も、猶お当に禍を転じて福と為し、災を変じて祥と為すべし。況んや雨水の患いは、陰陽の恒理なり。豈に天譴と謂いて聖心に系(か)くべけんや。臣聞く、古人に言える有り、「農夫は労して君子は養わる。愚者は言いて智者は択ぶ」と。輒(すなわ)ち狂瞽を陳ぶ。伏して斧鉞を待つ。
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貞観政要・政体貞観八年、太宗侍臣に謂いて曰く、「隋の時、百姓は縦(たと)い財物有るも、豈に此を保つを得んや。朕天下を有ちてより已来、心を存して撫養し、科差する所有る無し。人人皆な生を営むを得、其の資財を守る。即ち朕の賜う所なり。向(さき)に朕をして科喚(かかん)して已まざらしめば、数(しばしば)資賞賜すと雖も、亦た得ざるに如かず」と。魏徴対えて曰く、「堯・舜上に在り、百姓も亦た『田を耕して食らい、井を鑿(うが)ちて飲む』と云う。哺(ほ)を含み腹を鼓し、而して『帝何の力か』其の間に有らんと云えり。今、陛下は此の如く含養す。百姓は日に用いて知らずと謂うべし」と。又た奏して称す、「晋の文公出でて田(かり)し、獣を碭(とう)に逐い、大沢に入り、迷いて出づる所を知らず。其の中に漁者有り。文公之に謂いて曰く、『我は、若(なんじ)の君なり。道は将に安(いず)くにか出でん。我且つ厚く若に賜わん』と。漁者曰く、『臣は献ずること有らんことを願う』と。文公曰く、『沢を出でて之を受けん』と。是に於いて送りて沢を出づ。文公曰く、『今、子の寡人に教えんと欲する所の者は、何ぞや。願わくは之を受けん』と。漁者曰く、『鴻鵠(こうこく)は河海に保(よ)る。厭(あ)きて之を小沢に徙(うつ)せば、則ち矰丸(そうがん)の憂い有り。黿鼉(げんだ)は深淵に保る。厭きて之を浅渚に出ださば、必ず釣射の憂い有り。今、君は獣を碭に逐い、入りて此に至る。何ぞ行くことの太(はなは)だ遠きや』と。文公曰く、『善いかな』と。従者に謂いて漁者の名を記さしむ。漁者曰く、『君何ぞ名を以てせん。君の天を尊び地に事え、社稷を敬し、四国を保ち、万民を慈愛し、賦斂を薄くし、租税を軽くせんが為なれば、臣も亦た焉(ここ)に与(あずか)らん。君、天を尊ばず、地に事えず、社稷を敬せず、四海を固くせず、外は礼を諸侯に失い、内は民心に逆らわば、一国流亡せん。漁者は厚賜有りと雖も、保つを得ざるなり』と。遂に辞して受けず」と。太宗曰く、「卿の言は是なり」と。
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