貞観政要 / 貪鄙
貞觀六年,右衛將軍陳萬福自九成宮赴京,違法取驛家麩數石。太宗賜其麩,令自負出以恥之。
新字:貞観六年,右衛将軍陳万福自九成宮赴京,違法取駅家麩数石。太宗賜其麩,令自負出以恥之。
書き下し
貞観六年、右衛将軍陳万福、九成宮より京に赴く。法に違いて駅家の麩数石を取る。太宗は其の麩を賜い、自ら負いて出でしめ、以て之を恥ずかしむ。
現代語訳
貞観六年、右衛将軍の陳万福が、九成宮から都へ向かった。法に反して宿駅から麦のふすまを数石取った。太宗はそのふすまを彼に賜り、自分で背負って出て行かせ、恥じ入らせた。
解説
右衛将軍の陳万福が、旅の途中で宿場から麦のふすまを不正に取りました。ふすまはもともと家畜の餌にする安い代物で、盗んでも大した得にはなりません。太宗はこれを罰する代わりに、そのふすまをそのまま彼に与え、自分の手で背負って宮門を出て行かせました。位の高い将軍が、盗んだ安物を担いで大勢の前を歩く。この光景は、鞭で打たれるよりもずっと堪えたはずです。罰は、ただ苦しみを与えるためのものではなく、次からはやめようと心から思わせるためのものだとよく分かる話です。家庭でも、子どもが人の物を持ち帰ったとき、頭ごなしに叱るより、自分がしたことの意味に気づかせる方が、深く心に残ることがあります。
この章句が説くこと
太宗賜其麩令自負出以恥之罰より効く恥罰の目的
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